北のフィールドノート

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2009年 04月 01日

フキノトウ・ばっけはアイヌ語から Ⅱ

追記です。

アイヌ人は1300年前1300年前に北海道縄文人とオホーツク人との混血でできました。
オホーツク人はだれだか分りません。しかし,北海道縄文人がさらに樺太縄文人や千島縄文人になって北に行きすぎた人たちがテムズ川が凍るような小氷期にその前の寒冷期に,図参照
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出戻りで帰った縄文人達と思われます。いま残っているオホーツク人と呼ばれる族はどこにも探せないのですから。なんということない,もとをたどれば縄文人です。
青森のバッケ味噌のバッケはふきのとうのこと。
インターネットではいろいろと迷解釈がみられるが、私には納得できないものばかりだ。
まず青森では「ばっけ」でこれはよし。
秋田はどうかは確かめていないが「ばっけ」「ばんけ」「ばっけぁ」「ばんけぁ」山形庄内「ばんけ」とある。
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これらが何から由来するか。更科源蔵・光著のコタン生物記にはこうある。
「本州でもフキノトウのことをバッカイとかバッケイと呼ぶところがあるが、これは元来アイヌ語である。パッカイ(破裂音筆者注)とは子供を背負うことで、フキノトウが雪の間から丸く花を背負うようにして出てくる姿に名づけたものである」とある。
そうか、そうなのかと私は納得はできない。
知里真志保著のアイヌ語辞典にはフキの呼び方が17こ出ている。フキノトウはマカオとかマカヨというのが見られるがこれは花の咲いたフキノトウにあてはまる。
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そしてpaxkayぱハカイ、pakkay(子を・背負っている)というのがある。(樺太各地)
「アイヌわ清音と濁音の区別を意識しない」「標準的な発音わ清音である」と凡例にあるので、ばっかいからばっけはなりえる。
更科源蔵の解説の納得できないところは「フキノトウが雪の間から丸く花を背負うようにして出てくる姿に名づけたものである」というところである。

「子を・背負っている」のはフキノトウでしょう。花の丸さが頭(pa,paka,sapaというがこれと関係あるかどうかはしらないが)の親が子を背負っていなければ訳がわからんのではないですか。雪の間から花を背負うとはふしぎな光景でしょ。

それで探したのですよ。フキノトウが子供を背負っている証拠を。
次からの写真を見てください。どうでしょう。子供を背負っているでしょう。
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アイヌのひとたちはこのことを言ったのだと思います。
ばっけだと。和人は濁音にしたがるのか、川のペツもベツばかりですしね。
バッケは子を背負うのpakkayからきていて、「子供は背中にちょこんとついている」というのが私の解釈です。間違ってはいないでしょう。(下から6つめの写真の子供は大きすぎるので、これはよくないかも)

追記 「和人は濁音にしたがるのか」--これでひとつ感心したことがある。洞爺湖サミットのとき、えらいねぇみんなトーヤ湖サミットと言っていたものね。洞爺丸台風はトーヤもドーヤも使ってたと思うけど。
洞のつく言葉、洞穴、洞窟、洞門、洞察、洞徹、洞庭湖などみんなドウなのに洞爺湖だけがトウとよんでるね。

by snowmelt | 2009-04-01 00:58 | フキノトウ | Comments(7)
Commented by 三冬 at 2009-04-01 20:15 x
 ばっけにそんな意味があるとは知りませんでした。
 私のよくいく居酒屋の奥さんが料理の天才で、彼女の作ったばっけみそは最高でした。今日はいつもいくスーパーでたくさんパックされたばっけが100円で売っていました。自分の料理の才能の無さがうらめしいですが、春はいいですね!わくわくします。春生まれの私は春が一番元気で、誕生日から遠い秋が意気消沈しています。
 今日は川の周りを30分歩きました。夏休み以来です・笑
 三日坊主以下です・・・
 今年はもっと北のフィールドを楽しもうと思います。
Commented by snowmelt at 2009-04-02 00:36
三冬居るということでしょうか。この頃は雪が少ないのでその点は北国らしくないフィールドです。以前、スキーでやっとの思いで恐山までたどり着いたら、吹雪で寒くて早々に退散してきた経験がありますが、こういうのが「北国だ」という感じですね。
Commented by 三冬 at 2009-04-06 20:58 x
3年はこの土地にお世話になるかもしれない、と思ったのと、昨年、池波正太郎の剣各商売にはまり、三冬という女武芸者がいたので、いい名前だなあと思っていたのです。
今朝も、川べりを30分歩きました。春が背中を押します。でも、犬の飼い主は寒かろうが暑かろうが、毎日、散歩に行きます。
 そんなときにみる厳寒の冬の景色が超美しかったりしますね。
 しかし、「八甲田山」という映画を観ると、「そんなときに八甲田なんかに行くな~」とぼやきながら観ます。
 冬の恐山も避けたい場所ですね・笑
 北国の鋭い寒さは、たまに好きだと思うことがあります。
Commented by snowmelt at 2009-04-06 23:20
新田次郎の「八甲田山死の彷徨」がよかったね。気象台勤務のバックがあって説得力がちがうよね。映画は高倉健がでてるというだけでいまいちに思いました。音楽はすきでしたね。たもやち岳のロープウェイ駅でビデオをながしているのかな。八甲田温泉がまだ小さいときに、遭難資料がたくさんあって、驚いたよ。
Commented by 三冬 at 2009-04-07 20:45 x
 小説は読んだこと無いのですが、その小説の元になったドキュメンタリーは読んで、びっくりしました。映画は中学生の時に観て、あとは大人になってから観て、映画的にはもう一息だと思うのですが、八甲田山の冬が想像つくものとしては、観ていてかなり面白いのでした。
 八甲田山に別荘を建てた知人いわく、別荘を建てていた大工さんが、建設中すごく嫌がったらしいです。ちょうど雪中行軍の通り道にあたっていたらしく、夜中、出るらしいです。霊感の無い知人は平気だったようですが・・・。子供心に、資料館の足の無い人々の写真は、見ていて怖かったなあ。凍傷で。リアルに怖いです。
Commented by 申丸大夫 at 2012-07-03 16:00 x
アイヌ語で頭のことを「パケ」というので私はこれがバッケの語源の最有力候補と思っています
Commented by snowmelt at 2012-07-03 20:14
申丸大夫さま、ありがとうございます。3年前、東北アイヌ語研究会でもそのような意見がございました。知里辞典では頭部をpakeと呼ぶ地方は東トカチと書いてありました。
知里の辞典は本州のアイヌ語については言及していないようなので、東北のパケが東北のバッケになつたのかもしれませんね。


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