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2013年 12月 22日

大八木進化論 解説5

誰が大八木進化論を理解できるだろうかの予想 Shimokita Field Science Nest OOYAGI AKIRA


さて、誰が私の進化論を理解できるでしょうか。

大八木 昭の進化論とは次のものです。

 『進化とは個体増殖様式の差異がすすめる現象である』 
The evolution is the phenomenon that the difference of the individual increase style pushes forward   ・・・・・・・    大八木の進化論

                                            2013.12.19 青森県むつ市
補足.
・徐々に生殖隔離をおこすものは同所的種分岐をしうる。
・突然に生殖隔離をおこすものは発生の地点は同所的であるが、その地点は消失している。分布は重ならない。
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ヒダリマキマイマイからアオモリマイマイへの進化の説明

私はマイマイの左巻きのヒダリマキマイマイから右巻きのアオモリマイマイを青森県で観察して考えました。
考える元になったのは、上島・浅見両先生のmtDNAの分岐図で、ヒダリマキマイマイからアオモリマイマイが分岐したという図でした。
青森県には一地点接するところがありますが、両種の分布は重なりません。
これは、ヒダリマキマイマイからアオモリマイマイが分岐したとミトコンDNAが示しているのだからどこで、どの地点ではっせいしたのだろうか、つまり、アオモリマイマイはどこで生まれたのだろうかと考えました。

一地点接するところとはむつ市角違(すみちがい)というところです。

では、角違での両種の関係はどういう関係にあるのか考えました。

つまり、ここでアオモリマイマイができて東へ分布をひろげたのが八戸市のほうへいったのか、

言い方を変えれば、ヒダリマキマイマイがほかからやってきた。
どんどん分布をひろげましたよ。
そして、角違いのところまできたら突然にアオモリマイマイができて、下北半島を南下して八戸まで行ったのかと言うことです。

もっというとさらに野辺地から津軽半島を北上して平舘村まで行ったのかということです。
角違が発生地点というのがひとつです。

これは、考えられない事です。なぜなら、右巻きと左巻きは交尾できないで、ずっと左巻きだけで分布してきたのに角違近辺の平坦地で右巻きのアオモリマイマイがなぜ突然にでるのでしょうかと。


マイマイの巻きは遅滞遺伝をするといいます。
右巻きの遺伝子は優性Dです。左巻きの遺伝子は劣性dです。マイマイは雌雄同体で交尾してどちらも卵を数十個は産みます。それが孵化したときに右か左かがわかります。
その時に次のことがマイマイをみてわかる遺伝子の組み合わせなのです。

[ヒダリマキマイマイをみたらこれは左巻きですから DDではありえない。Dd か dd であると。

アオモリマイマイをみたらこれは右巻きですからDDでもDdでもddでもいいのです。]

遅滞遺伝の方式で個体をみたときに遺伝子を推測する方法です。一番適応できるのが是なのです。

成貝になるまで⒊-4年はかかります。
交尾して年1回それぞれ子孫を増やすのです。

右巻きから左巻きになるほうがなりにくいということがおわかりでしょう。

左巻きから右巻きになるほうができやすいのがおわかりでしょう。

では、ヒダリマキマイマイが何十個体かが角違いに到達した地点と考えましょう。

そこで、ヒダリマキマイマイは西へ西へと脇野沢まで到達し北上して大間までいった。大畑町の最北の薬研に
一匹みつかる。

I西にヒダリマキは、薬研だけはおかしいのですが、角違いからどうして東へ行ったものはいなかったのでしょう東へ行くのはヒダリマキからでてきたアオモリマイマイだけがここからでて東へ北へむかい大畑へいき恐山へ行き別ルートは大間方面風間浦までとちゅは尻屋方面へ途中南下して八戸階上(はしかみ)へまた青森市から平舘まで行った。いうことを考えるでしょうか。

両種の分布は重ならないで、角違いだけ接するといっていますが、その角違いの接点というのは、ヒダリマキマイマイの成貝、亜成貝、幼貝越冬体、ほか死んだ殻多数のなかに、アオモリマイマイの成貝の分解死殻が2個あったのをしいて、分布が接しているといったのです。

つまり青森の場合は重なっていないのです。数十キロ以上の隔たりを中において分布しているのです。

角違いより西はヒダリマキマイマイ 約50メートル東からはアオモリマイマイということです。

だから、両種の分布の流れはどこかでヒダリマキマイマイからアオモリマイマイができ、分布をひろげて、角違いで出会ったと解釈できるのです。

この流れをミトコンDNAで流れを確認できるでしょうが、この技術がない私は、殻の形態で確認しようとしたのです。

ヒダリマキマイマイからできたアオモリマイマイというのは巻が変わっただけのヒダリマキマイマイを鏡に映しただけの鏡像関係の形態であるはずです。
そこが何処どこかといえば、津軽半島、蟹田のアオモリマイマイと下北半島佐井村磯谷のヒダリマキマイマイが鏡像関係の形態だったのです。参照カタツムリの右巻き左巻きその3
だから、津軽半島の蟹田付近がアオモリマイマイの分布拡大の源流で、下北半島の佐井村付近がヒダリマキマイマイの源流だと推測したのです。

おわかりでしょうか。
これはミトコンDNAで分かることでしょう。
ではどこで、ヒダリマキマイマイから、アオモリマイマイができたかと云えば、今は平舘海峡の沖あたりのところと推定されます。

そこには川が流れていたはずです。その両岸にDd か dd の個体が多く流れ着いたのです。
Ddが1個体でも9年後には64個体のうち12個体ぐらいアオモリマイマイがでます。
Ddが複数個体いればなおのことアオモリマイマイの個体は高くなります。

交尾可能地域ひろくはありませんので、アオモリマイマイはヒダリマキマイマイに戻るよりもアオモリマイマイになっていくことがたやすいでしょう。川の流れが両者を分断したまたま川の東にはヒダリマキマイマイの比率が高くてそれが比率が高いためアオモリマイマイの分布とはならなかったのです。
川の西には側はアオモリマイマイの比率が高くアオモリマイマイの分布となったのです。

そして、海水が増えてきて両者をヒダリマキマイマイは下北半島の佐井村へ
アオモリマイマイを津軽半島の蟹田川付近へと追いやったのです。

確証実験はあるのかというひとがいますか。
言うひとがいれば、その人は進化とはなんぞやわかっていないのでしょう。

進化とは地球上においてだだ一回きりの地球上での実験だとは気づかない人がいう言葉です。

実験はすでに終わっています。2013年12月の青森県の姿が実験結果を示しているのです。

で、だれがこのことを理解できるかですが。

マレイマイマイという写真をみてなんとも思わない人には、私の進化論は理解できないと云うことです。

いろんな動物でも示しやすいところはあります、コウベモグラとアズマモグラの進化は説明が付きやすい例です。また、あとで書きます。
あーつかれた。

by snowmelt | 2013-12-22 14:12 | 陸産淡水産貝類 | Comments(0)


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