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2006年 02月 26日

オオハクチョウ

屈斜路湖に浮かぶオオハクチョウを外国人が撮ったものがワイルドライフの入賞写真になっている。
北海道まで撮りに行く人がいるのだ。へーと思う。日本人は外国に行きたがるし。それとおなじか。
むつのオオハクチョウ。
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by snowmelt | 2006-02-26 23:43 | 鳥類 | Comments(0)
2006年 02月 26日

オオセッカ

  『オオセッカ発見記』
    それは、『なんだ?』から始まった。        大八木 昭

私が弘前大学の学生の頃、昭和47年のことでした。
教官の奈良先生が『ジープで散歩だぞ』と、『ちょこっと西海岸に行ってみよう』
(青森県では津軽半島から岩崎村方面の日本海よりを西海岸という)と云われました。
6月19日のことでした。

ジープは屏風山ベンセ沼湿原に立ち寄りました。
風の中、草原に突然、コジュリンが現れました。
「先生、コジュリンがこの時期ここにいるのは面白いことですよ」と伝えました。

長野県の霧ヶ峰高原のことは知られているが、
青森県での繁殖は誰も確認していないはずだから。そして今、囀っているのだから。

弘前市に帰ってから、繁殖しているかどうかがどうしても気になりました。
6月25日、今度は一人で出かけました。

五所川原市まで五能線(ごのうせん)という日本一遅いと云われた汽車に乗り、
五所川原に着いてからはバスに乗って、菰槌(こもづち)というところで降りて、
海へ向かって約一時間歩いて、ベンセ沼湿原に到着します。

そこはヒライやケカモノハシやニッコウキスゲなどの生える草湿原です。
大きな沼もあれば、水たまりもある。ヨシも生えている。
草湿原のはずれにはカシワの林。それに防風林としてクロマツの林も見えます。
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しかし、屏風山といってもほぼ全域、見渡す限りというくらいが、湿地の草原です。
草湿原の中に「島」と呼ばれるやや盛り上がったところがあり、
そこだけは乾燥してカシワの木が数本入っているところもあります。

コジュリンを探しました。

いたいた。これはきっと繁殖しているぞ、と考えました。
ずっと見ていました。

そのとき、囀りながら何かが舞い上がった、と思ったらあっという間に草むらに舞い降りたものがいた気がしました。

『なんだ?』

体の向きを変え、鳴いたとおぼしき所をじっと見つめました。
何んにもいない。

ずっとずーっと待ちます。何んにもいない。
コジュリンは『チッチコリー、チッチコリー』と鳴いています。

突然、又、何かが舞い上がったと思ったら舞い降りました。上がるときは囀っていました。

『鳥だ』『なんだ?』

かなりねばりましたが双眼鏡でその姿をとらえることはできず、疑問を残したままその日は終わりました。

『なんだ?わからない』と言うことは、すごく幸せに感じることだと思っています。
どうしてもつきとめてやろう。なんという鳥なのか。

まずは姿を見たい。鳴き方を知りたい。
それから、ベンセ沼通いが始まったのです。ほとんどは最初に行ったルート。

バス停、菰槌(こもづち)で降りて、ゴム長靴に帽子、双眼鏡にリュック、三脚、ちょっと長めの望遠レンズを背負って、てくてくと歩きます。

屏風山のスイカ畑でも、そこを過ぎても全く人影はありません。最後まで誰とも会わない、そんな草湿原でした。

何回か通ううちに双眼鏡でとらえる回数がほんの少しずつ増えてきました。

『鳥の色はほぼ褐色。背中には黒い斑点。尾羽はくさび形。ヨシの茎を斜交い状に登っては囀り出し、囀りながら舞い上がり、大きな円を描いて舞い降りヨシの茂みに消えていく。』『囀りは、ピチュクチュクリ-ぎっ、ピチュクチュクリ-ぎっ、ピチュクチュクチュクリチュクリーと、ぎっという貝殻と貝殻をこすったような音をいれる。』

野帳にスケッチします。
写真になんか撮れない。遠いし、どこから現れるかわからないし。
見れるだけみて、聞けるだけきいてそして本で調べました。

しかし、わからないのです。
保育社の小林桂助の図鑑でわからないのです。当時、この本は鳥を見る人のバイブルでした。
大学の図書館で講談社の清棲幸保の日本鳥類大図鑑を見ても分からないのです。
どれだ、どの鳥だ。なんだろうと探しても分からない。

当時はバードウォチングという言葉より、それ以前の「探鳥」とか「探鳥会」と呼ぶ時代でした。
望遠レンズで鳥を撮る人も増えてきていましたが、鳥の写真本も限られたものしか出ていない時代です。

分からない。思いあまって北海道の日本鳥学会員の恩師の永田洋平さんに、こういう鳥は何でしょうかと聞きましたが、分からない。

それで、ついに手紙を書いたのです。
姿、鳴き声、行動を詳しく書いて、これこれこういう鳥が青森にいますがなんという鳥でしょうか。お教え下さいと。
これを『日本野鳥の会』の本部に送ったのです。

待ちました。
待ちに待っていた返事が来ました。開けてみました。
おー、そこに書いていた言葉。

『残念ながら、分かりません』 

うなりました。そうか、分からないのか。これほど詳しく書いても分からないのか。
よし、自分が突き止めてやる。結局この返事は私にとって幸いなことだと思っています。

図書館で調べるうちに、姿形から二種類の疑いが出てきました。
私が当たりをつけたのは「シベリアセンニュウ」か「オオセッカ」だったのです。
この二種のどちらかだろう。なんと荒っぽいこと。
勿論どちらも青森にはいない鳥、というより「日本野鳥の会」本部でさえ想像がつかない鳥だったのに。

巣の形はオオセッカのほうはフットボール型だろう。シベリアセンニュウの方はわからない。
但し、シベリアセンニュウの卵は斑点のある白色でオオセッカなら斑点のない白色無斑だ。
「卵」が確認出来れば区別がつく。

しかし、その時はもう7月下旬になっていたのです。
北国の鳥の繁殖期にしてはもう遅いのではないだろうか。巣もなにも見つからずにおしまいになってしまうのか。

それからも通いました。夜はいつまで囀っているのだろうかと、こうもり傘改良ブラインドの中で一晩過ごして確かめました。夜は、8時20分くらいまで囀っていました。

そうするうちに、今までとは違う飛び方をするようになったのです。

8月6日
囀らないで水平に飛ぶ。草に隠れてまた水平に飛ぶ。
これはきっと巣があると思いました。
まだ繁殖期だ。
まだ、確かめる希望がもてる。

巣を放棄したら大変です。慎重にブラインドで近寄れる範囲で観察しました。
親鳥はエサを運んで来ていたのです。そして、糞をくわえて飛び立ち爆弾のように投下してしばらくしてまたエサを運んできます。

糞をくわえて出るのだから、雛はまだ巣の中にいる。巣立ち雛を育てているのではない。
これはきっと巣が見つかる。焦らずに慎重に観察しよう。

エサで見えたのは、多くが真正クモの仲間で、その他が昆虫だと記録しました。
囀らないで、エサを運んできて出て行くのはメスの親でしょう。オスの親は出て行くときや、少し離れたところで囀ることがしばしばありました。

8月7日
絶対にあのあたりに巣がある。行ってみたのです。
しかし不思議に巣がないのです。
そそくさと戻ってまた、長いこと観察し、写真も何枚か撮れました。
この写真で判定できるだろうか。

最後にもう一度、巣を探したのです。
そこにそれはありました。全く草に隠れていました。フットボール型の巣でした。
中を覗くと雛がエサをねだるように口をあけました。黄色い口の中に黒の斑点が見えました。次の瞬間ギェッと声を上げ雛は身を縮めました。4つの頭が見えました。

その場を立ち去りました。

8月9日および11日
親鳥の声に対し呼応するかのように雛がチュ、チュ、チュ、と鳴くのが聞こえました。
親鳥はピチュチュチュチュとか、ピチュギッ、ピチュギッとか、チチチ、ギツギッギッといった声もだしていました。
ブラインドから、写真も撮れました。証拠写真として使えるだろう。

翌8月12日
現場に着くと、親鳥が見えません。
かなり離れたところでそれらしい声が聞こえていました。

雛は巣立ったらしい。この草原と草の深さでは雛の姿はもう見えないだろうな。
終わってしまったな。
と、諦めて、巣はどうなったか確かめに行きました。

薄暗い巣の中に、白っぽいものが一つありました。
なんと、卵です。取り出して見てみました。
白色無斑の卵でした。糞がついていました。無精卵だったのでしょう。
そうです、フットボール型の巣と白色無斑の卵は、オオセッカです。

私はこれだ、『オオセッカだ』とここで断定してしまったのです。

記録を書いて、写真をつけて、『分かりません』と手紙をくれた「日本野鳥の会」の本部に送りました。
青森県津軽半島屏風山の草湿原で『オオセッカの繁殖を確認』と。

そうしたら、時をおいて、朝日新聞の記者が弘前の下宿にやってきたのです。本社から来たと行っていました。

『大八木さんの記録と写真を、昔、仙台市蒲生海岸でオオセッカを見つけた竹谷彦蔵さんに見てもらったら、オオセッカに間違いないといわれたと』『36年ぶりの再発見だと』

このことは新聞記事にもなりました。全国版に『オオセッカ36年ぶりの大発見』と。
日本野鳥の会の雑誌『野鳥』(昭和48年1月号)に繁殖記録として掲載されました。

以上が、青森県の津軽半島屏風山のベンセ沼草湿原でのオオセッカ発見のいきさつでした。

あ、コジュリンは8月6日に巣の中に4羽の雛を確認しました。青森県で初のことでした。
(『野鳥』(昭和48年6月号)
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--------その後--------

昭和51年には私は津軽半島ではなく、下北半島むつ市の高校で生物の教師をやっていました。
6月、学校の遠足の時むつ市の田園地帯を歩いているとき、一瞬コジュリンが見えました。まさかね、と日を改めてそのあたりを探鳥すると、なんと、コジュリンとシマアオジとオオセッカがむつ市の休耕田にちゃんといたのです。(『野鳥』昭和52年5月号シマアオジ本州初の繁殖記録)

『何じゃい此処にもいるのか。』
おまけに、夏には本州最北の大間町の灯台の見えるところにもオオセッカとコジュリンがいたのです。
むつ市と大間町のこれらの記録は田名部高等学校の生物部の部誌「青苔(あおごけ)」19~21号に記録しています。

津軽半島屏風山ベンセ沼湿原は自然状態の草湿原でした。しかし、車力ミサイル基地に通じる道路が近くを縦貫するようになりました。屏風山地域は乾燥化が進んでいることでしょう。

ホオアカが入り込むような乾燥度の強いところではオオセッカは生息しません。

むつ市と大間町の場合、一度水田として使った場所でした。
かつては休耕する田は年により、持ち主により異なっており、火入れをしたり放置状態であればオオセッカにとってよかったのですがいつのまにか水田でも、休耕田でもない牧草地になっていきました。

昨(平成17)年も春にオオセッカがやってきて、フライトソングをする二羽を見ましたが、夏になると牧草、雑草を刈り払い牧草ロールにしてしまうので、ヒナの大半はロール巻きにされてしまっているでしょう。

シマアオジとコジュリンはかなり前から全く見られなくなってしまいました。

ヨシが生えるところは水の多いところです。囀りのために草丈の高いヨシの草原は必要です。しかしこういうところには巣を作りません。
草丈の低い、ヒライやスゲ類のあるところに巣をつくりそこからエサをとり育雛します。
草丈の高いヨシ原から草丈の低い草原が必要な環境なのです。

三沢市の仏沼(ほとけぬま)干拓地は最後のオオセッカの生息地でしょう。
乾燥しすぎず、水辺ヨシから低草原までの高低環境を人為的につくってやるのがオオセッカやコジュリンやコヨシキリなど湿草原にすむ鳥たちに望ましい環境だと思います。

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2006年2月26日 -ラムサール条約登録をうけて- と云うテーマで NPO法人 おおせっからんどが主催し「仏沼(ほとけぬま)とオオセッカの未来のために」というシンポジウムが三沢市公会堂でおこなわれました。
以上はその時の私の分の覚え書きです。

by snowmelt | 2006-02-26 22:21 | オオセッカ | Comments(12)
2006年 02月 26日

カワアイサ

カワアイサの嘴はかなり細く先は鋭く曲がっている。
魚食なのだろうがここでは何をたべているのだろう。サケの卵だろうか。
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冬に沢にのぼるウグイをこの辺りでは冬至ジャッコと呼ぶ。
大正末、宇曽利湖から魚を追って沢をのぼってくる水鳥を
小屋の中から鉄砲で撃って、
その羽毛を布団の材料として使ったとTおばあさんから聞いたことがある。
私が想像する水鳥のひとつはこのカワアイサ。
もひとつはウミアイサ。
その布団はどこやったかわからないとTおばあさんは云っていた。

by snowmelt | 2006-02-26 22:06 | 鳥類 | Comments(0)
2006年 02月 26日

コクガン

陸奥湾のコクガンが移動しているようだ。
ゆるりと旋回して飛んだりしている。
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北帰行の季節か。

by snowmelt | 2006-02-26 21:49 | 鳥類 | Comments(0)
2006年 02月 23日

リスの足跡

リスは結構、雪野原を走る。
明るい時に走っているようだ。マツの種子を食べている。
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リスの足跡も前足がついたあと大きめの後ろ足がつくのがふつう。
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しかし、後ろ足のつぎに前足を着くこともある。めったに見ないけど。
次のは後ろ足をついてから前足をついている。右へ行っている。
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by snowmelt | 2006-02-23 22:46 | 動物 | Comments(0)
2006年 02月 23日

シマフクロウ

シマフクロウのシマとは島であって縞のあるという意味ではない。島とは北海道や千島のことだったのだろうか。
アイヌ語でコタンコルカムイ・村を守護する神といつも云われるがこれも川漁を生計の中心にする地方での呼び名だと云っている。(コタン生物記.更科源蔵著)
(更科の表記ではコタンコルのルの文字は小さなルになっている。)
(知里真志保の辞典ではルは特に小さくは表記していない。)
アイヌ人であった知里の辞典には、山渓の「日本の野鳥」のようなコタンクルカムイという表記はない。
魚食のシマフクロウはコタンの近くに来て大声で魔物を怒鳴りつけるばかりでなく、サケの一部を食べ、人間のために残しておいてくれることなどから村を守護する神と云われたのだろうとある。
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海での漁で生計を立てているところではシマフクロウの鳴き声だけから、「フムフム」と呼ぶそうだ。
知里の辞典にはカむイチカプ(プは小さい文字)というのがホロベツ地方の呼び方ということで
ある。
これは神・鳥 ’神である鳥’だそうである。
この二つの写真は1972年の根室でのものだ。この子孫は現在いるのだろうか。
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by snowmelt | 2006-02-23 00:07 | 鳥類 | Comments(0)
2006年 02月 07日

カラマツに雪

カラマツは郷愁をさそう。
そんなはずはないのだが。
なぜかというと、私の本当の故郷はエゾマツ、トドマツの常緑針葉樹林帯なのだから。

歌や詩に出てくる「からまつ」の印象で疑似郷愁イメージを植え付けられてしまった不覚。
これは、本州の村のイメージ。
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次のは、ややもすると故郷の北海道を思い出してしまう。
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by snowmelt | 2006-02-07 22:39 | 風景 | Comments(0)
2006年 02月 07日

杉に雪降る

引っ越ししてから突然に花粉症になったのは杉のせいだったと思う。
家の側にあった杉の木を切り倒した人がいて、
それから花粉症がひどくて病院へ行くということはなくなった。
花粉症はいったん発症すると、なおらないとテレビで云ってた気がするが。
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by snowmelt | 2006-02-07 22:22 | 風景 | Comments(0)
2006年 02月 05日

冬景色

野平(のだい)に一本とり残されたブナがある。
ヒバの森の中に取り残されたブナはいずれ倒れる。陰樹林の中では生きていけない。
こんな風に一本だけ取り残されたブナも普通の枝の張り方はしていない。奇形にみえる。
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佐井の森はなんとも生き物がいそうにない。貧弱な森に感じる。
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寒いから、だけじゃなさそうだ。
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砂防ダムからあふれた氷ですよ。
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この氷の出来方といえば、海峡からの風に吹き上げられてつくられていきます。
それだけ冷たい強い風が吹いているのです。
今日は、生き物の収穫はゼロでした。

by snowmelt | 2006-02-05 20:28 | 風景 | Comments(0)