北のフィールドノート

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カテゴリ:淡水魚類( 159 )


2017年 10月 12日

ヤマメ・山女魚

2017年10月06日青森県で撮影 下北自然学巣 大八木 昭

カワシンジュガイのいる川にはヤマメの姿は見えなかった。

支流にはヤマメがいた。
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側線が角張って見えてやや違和感あり


by snowmelt | 2017-10-12 12:29 | 淡水魚類 | Comments(0)
2017年 09月 09日

青森県のエゾホトケの分布は移植によるものか、事実確認のない論文を検証する。

青森県のエゾホトケの分布は移植によるものか、事実確認のない論文を検証する。
 
                         下北自然学巣  大八木 昭

当該論文はこれである。
日本生物地理学会報第48巻第1号1993年7月31日
青森県におけるエゾホトケの分布および二,三の生態学的知見 竹内 基・太田 隆

Bull.Biogeogr.Soc.Japan48(1):73-80.July 31,1993
Distribution and a Few Ecological Aspects of Lefua costata nikkonis (Cobitididae)in Aomori Prefecture,Japan Motoi Takeuchi and Takashi Ohta
73ページのみを示す。まずAbstractを示す。
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読みやすいように、分布に関しての部分を拡大し下線を引いたものを示す。
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下線部で
『一町田のエゾホトケ個体群は北海道岩見沢からの移植であると決定した。目名の個体群については不明である。しかしながら地史的なあるいは生物地理的な事実から判断すれば目名の個体群もまた同様に北海道からの移植であるように思われる。』と書いてある。
 Abstract しか読まない人にしてみれば
青森県の岩木町一町田のポピュレーションは北海道岩見沢からの移植と決定し、東通村目名のポピュレーションも同様に北海道からの移植と思われる。
だから、『本州におけるエゾホトケは移植によるもの』という意見がほとんどになってきて、『自然分布か人為分布かはっきりしていない』という意見や記述はなくなってきているのが現状である。
ここで、和文ではどのように書いてあるのか、なぜ『岩見沢からの移植と決定した』のか、和文を読んだなら何を根拠としているのか聞き取り調査というものが本当に存在したのか、証拠を確認したのか、なぜ林崎や藤崎町のエゾホトケを除外しているのか等を検証してみることが必要ではないかと感じるわけである。


(基本知識として、)
地名の読み方について、一町田はいっちょうだ、賀田はよしだと読む
単にドジョウとあれば食用のドジョウである。エゾホトケは鼻孔にフタがないので、泥に潜って暮らすことは絶対になく、生態も形態も全くドジョウとは異なるものである。体長は2センチから5,6センチと小さい。採ってきてから4年間飼育して7.6センチとなった経験はある。野外での最大のはオス8.0センチとメス10.5センチとであった。非食用である。ドジョウ業者はドジョウの中に混じっていれば選別して捨てるらしい。

分布に関するところを抜き出してみます。
76ページのところです。
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竹内基らの文を番号付けしてみる。
①『一町田では1973年頃に藤崎の仲買業者が北海道の岩見沢あたりから大量のドジョウを仕入れ水田に蓄養したという事実を確認できた。』
②『その後出水によって殆どのドジョウが水路に逸出してしまい、蓄養池そのものが放棄されたようである。』
③『これらのドジョウの中にエゾホトケが混じっていた可能性が極めて大きい。』
※Abstructの中ではThe population of L.c..nikkonis in Ichoda was determined to be transplanted from Iwamizawa, Hokkaido in the early 1970's.としている。『岩見沢あたりから』ではなく『岩見沢から』である。ドジョウに混入のニュアンスもない。英語しか読まない人には正しい情報は得られない。
④『一町田でのエゾホトケの分布はかつてその蓄養池のあった場所より東側(下流側)である。』
さてそれぞれについて検証していこう。
①で断定しているところは『事実を確認できた』というにも関わらず、聞き取り調査なのに誰に聞いたといっていない。これでは、事実を確認できたと言うものではない。
では、他の部分も含めてだれから聞いたか想像するしかない。
 藤崎の仲買業者から聞いたとは書いていないがそれらしく臭わせていることはある。
 ただ『一町田では』--これを一町田の地区での聞き取りではと読ませれば、藤崎の仲買業者以外の誰かそこら辺にいた人となるだろう。もしも仲買業者から聞いたのならば、コメントはほとんどあいまいであり竹内基も含め憶測だけでの聞き取り調査の価値は皆無である。
後段に、『またドジョウ採集者によると』とあるので、この『ドジョウ採集者』から聞いたのかともとれる。
もうひとつ『一町田では』--これを一町田地区の歴史ではと読ませれば藤崎の仲買業者以外の誰か一町田の歴史を知る人となるであろう。
②は誰の推測だろう。いずれにせよ憶測だ。
③これは竹内の推測だろう。つまり推測だ。これについては自由な推測で良い。
①と②での単語の違いについて①『水田に蓄養が事実』が②『蓄養池』にしたのは意図が感じられ、単に言い換えただけとは思えない。 
①②③についての結論
②と③は憶測と推測である。③については文句はない、よしとする推測である。
しかし憶測と推測と①だけで誰から聞き取りしたかを書かずに『事実を確認できた』とよく言えるものだ。事実は皆無ではないか。ファクトがないというものだ。
①の水田を②で蓄養池と呼びかえて④の蓄養池に誘導しているように感じる。

さて④について
ファクトがないはずなのに断定している部分は、意外なことに④『一町田でのエゾホトケの分布はかつてその蓄養池のあった場所より東側(下流側)である。』と言い切っている点だけである。
なぜ、蓄養池のあった場所が断定できるのか。そこは聞き取りしたとは書いていない。
(出水したからとはいえ蓄養池から、池から水路を経てほとんどのドジョウが逸出するということは考えられるのかの疑問は出てくるがそれは置いておいて。)
この論文の致命的な点は事実確認がないことである。証拠を示すことなく判定ができるのか。勿論、ないことを証明せよという『悪魔の証明』ならできない。
しかし、この場合は、蓄養池は西側にあったというのだけで、その位置はこことでも示さずに、つまり事実確認(聞き取りならば、情報を提供した人が誰で、作り事で言ったのか、何を根拠にして言ったのかさえわからないまま)がないことを『事実を確認した』という竹内基を誰かが信じるといっても、常識人なら信じない。

さて、1973年編集1975年修正の5万分の一地形図がありました。
図で示します。
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水路の線は7時か8時の方向から流れはじめ、ほとんど1時の方向へと流れていきます。
一町田の水路の上流部には蓄養池といわれるような池はありません。
もう一度いいます。竹内の断定文④はまずひとつ『蓄養池』はウソであると判定します。
百歩譲って『水田に蓄養』します。しかし、せっかく、北海道の岩見沢あたりから買い入れた大量のドジョウを泥田の中に分散させて、一年か二年おいてから、それをまた捕獲するような田んぼはあるのですか。地図をみれば水田の記号だけでしょう。稲作をやりながら、刈り取り後も水をいれたままの大量のドジョウ蓄養は常識外で考えられない。
西側(上流側)に蓄養池あるいは蓄養水田があるというのは全く考えられない。竹内は『蓄養していた水田は出水によってほとんどのドジョウが水路に逸出してしまい・・・ようである。』とは書いているのですがこれも推論。
従って④の断定文も、根拠もファクトもないものであると結論します。

①②③④でどこにファクトがありますか。ないのです。すべて『らしい』という推測にしかならないのです。
これをもとに学者達は本州のエゾホトケは人為分布によると結論づけているのです。国立環境研究所・生物侵入データベースを見て下さい。青森県は真っ赤で『移入分布』だと決めているのです。『在来かどうか不明』でもないのです。


一町田の地図を見てみなさい。一町田に実際行ってみなさい。
現在ウェブにでている地図ですが見てみましょう。
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細い青い線が水路です。直線的なのは水田等で人工的に掘ったり、つくったりした水路だからです。もと池があったなら、そこは直線的にはならないのです。つまりもと池があって流入流出線が乱れているところが見当たりません。つまり池などなかったと言うことです。前出の地図と比べると、黄色いカーブのない新道ができたことがわかります。
1975年頃の一町田のまわりは一町田から新町、深山の三角並び部分が増えたようでそこ以外の田んぼはたいして変わっていないようです。

 1999年7月22日に当時弘前大学教授の奈良典明先生と、元弘前市水族館職員との3人で一町田でエゾホトケを探しに行きました。その時は5万分の1地図も持って行かなかったので正確な位置はわかりません。水田の縁の水路で採集できました。
1999年当時はこんなに家並みはなかったと思います。ただ、元弘前市水族館職員の案内で行ったのですが、『ああ、一町田の芹田(セリの田んぼ)だろ』と連れて行ってもらったのです。しかし、セリの田んぼではありませんでした。でも7月22日なのに水稲水田ではなかったと思います。コンクリート枠の入っていない、浅い素掘りの自然水路でのみ採集できたので、何が栽培されていたか意識できなかったのです。
 それ以後、2015年までに7回前後、一町田周辺を今度は一人で、歩き回りましたが全く採集はできませんでした。
それで、分かったことは一町田地区の西側の二本木(にほんぎ)では最近まで芹田と言われるところがあったようです。以前は実際に湧き水が流れ出していてセリが植わっていました。下北ではエゾホトケはこういうところ(私には冷たい水の感じ)に良くいるのだがと思い網を入れて探しましたが採れませんでした。さらに2015年には二本木の南脇の水路の様式が変わってしまい、湧き水を利用している風は見られず、セリも植わっては居ませんでした。二本木で会った農具をいじっていた人にエゾホトケの事を聞いても、そんなのは知らないな、素掘り水路はほとんどないが、そういう魚がいそうな水路を教えるから行って見ろと言われて、さらに、『待ってろ案内するから』と連れて行ってくれました。しかしそこで網を入れても採れませんでした。
二本木のその人に、万が一そんなのが『3-6㎝でヒゲが8本あって、尾鰭のところにくさび型で黒いのが入るか、体に沿って真ん中に一本黒い線があって尾鰭のところでくさび型が入るかだからと写真を見せて説明したら』よく聞いてくれて、その人は『見つけたら電話するよ』と言ってくれたので電話番号を教えてきましたがその後全く連絡はありませんでした。

さて、時系列で考えると論理があやしいということがでてきます。
ただし地理と時間がわからないと気がつかずに欺されます。

竹内 基らの上の論文の部分のところをまとめてみましょう。
竹内 基らが述べていることを箇条書きにしましょう。
Ⅰ、1973年頃、一町田の西側(上流側)で岩見沢から大量のドジョウの蓄養が行われた。
Ⅱ、1978年頃からエゾホトケが多く採れるようになったらしい。
Ⅲ、1981年に一町田で50匹くらい採れたのはエゾホトケが増え始めた時期と一致する。
Ⅳ、また県内で採集されたり、北海道などで買い付けられたドジョウの一部がこの仲買業者の所に集められ、出荷に際して選別が行われ、エゾホトケは近くの用水路に流されているという。
Ⅴ、松宮(1974)が採集した場所はその用水路の下流なのでこれらのエゾホトケの生き残りが少数繁殖したものと思われる。
Ⅵ、以上のことなどから一町田のエゾホトケについては移殖によるものと判断してよいだろう。

Ⅰ~Ⅵまでを時系列に並べるとどうなりますか。
そうです次の順番です。

Ⅳ、また県内で採集されたり、北海道などで買い付けられたドジョウの一部がこの仲買業者の所に集められ、出荷に際して選別が行われ、エゾホトケは近くの用水路に流されているという。
Ⅴ、松宮(1974)が採集した場所はその用水路の下流なのでこれらのエゾホトケの生き残りが少数繁殖したものと思われる。
Ⅰ、1973年頃、一町田の西側(上流側)で岩見沢から大量のドジョウの蓄養が行われた。
Ⅱ、1978年頃からエゾホトケが多く採れるようになったらしい。
Ⅵ、以上のことなどから一町田のエゾホトケについては移殖によるものと判断してよいだろう。

Ⅵの結論でなぜ、Ⅴで松宮(1974)のものを、これらのエゾホトケの生き残りが少数繁殖したもの思われるとしながら、移殖によるものと判断しないのでしょう。

Ⅳの時期はいつでしょう。1974年以前でないと行けませんね。厳密に言えば1973年7月に林崎の水田の水路と藤崎新町の用水路でエゾホトケを採っているのですからそれ以前、1973年以前に県内からだけでも、県内と北海道から、あるいは県内だけからでも移入しなければならないのでしょう。

林崎と藤崎でとれたエゾホトケの起原を明らかにせず に1981年一町田でとれたエゾホトケは北海道からの移殖とだけいうのははなはだおかしい。

次に松宮(1974)林崎と藤崎の何処で採られたのかなど採った本人からなどの情報を見せましょう。
まず一町田と林崎、藤崎の位置関係から
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そして林崎で成田悟、成田徹両君が林崎で採ったところを赤丸で示します。松宮君のはまだ藤崎新町としか確認できません。当時は、特段の目的がなければ自然分布であろうと中村先生が言ったとは書いています。
(林崎の赤丸は直接成田徹様に打っていただきました。ありがとうございます。)
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竹内らは次の推論に反論できるか。『県内で採集されたり』集められたその中にエゾホトケが入っていて用水路に流されたものが林崎の水田水路と藤崎の用水路で採られたという推測も成り立つのではないですか。これに反論できる者がいますか。
竹内らはファクトがないと言われてもしかたがないが、林崎と藤崎のものについては県内起原・北海道起原どちらも推測できるというべきでしょう。

Ⅴでなぜこの行にこのことをもってきたかと言えば、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳと来てⅤとくれば、ふつうの人は、1973年頃一町田に入れた、逃げた、増えた。県内や北海道から藤崎の業者に集めた。用水路に流した。それを松宮が採ったと勘違いするでしょう。

しかし1973年7月に林崎と藤崎で採れているということに気づけば、県内から集められたドジョウの中にエゾホトケが混じっていたかもしれないでしょう。あるいは一町田で獲ったドジョウのに、それこそ北海道からの移入のエゾホトケが入っていたかもしれない。また県内在来であったエゾホトケかもしれない。断定はできないのです。
しかし、竹内らは『松宮(1974)が採集した場所はその用水路の下流なのでこれらのエゾホトケの生き残りが少数繁殖したものと思われる。』とだけいっているのです。『これらのエゾホトケ』とはドレラ。? 1974年にはすでに下北半島田名部大曲地区でエゾホトケを確認しています。ドジョウを獲る金網ドウも仕掛けられているのを確認しています。もしも下北半島産のドジョウが藤崎の仲買業者のもとにあつめられ、そのドジョウの中にエゾホトケが入っていたという可能性は否定できないでしょう。考えてもみなさい、ドジョウを集めるのに県内を飛びこえて、わざわざ北海道にまで買い付けるという考えはまともでしょうか。まともでなくてもいいのですけれどね。

竹内らが、なんのファクトもなく『一町田のエゾホトケは岩見沢からのもの』とだけいい、林崎、藤崎のものには言及したくないのがみえますが、ただ、竹内らのファクトのないこの論文があるために青森県のエゾホトケは『人為移入だと決めつけられて』居るのです。

もう一度いいますが、これをもとに学者達は本州のエゾホトケは人為分布によると結論づけているのです。国立環境研究所・生物侵入データベースを見て下さい。青森県は真っ赤で『移入分布』だと決めているのです。『在来かどうか不明』でもないのです。

2014年、下北半島東通村のおじいさんからドジョウのとりかたを伝授されたという若者(30代ぐらい)に出会ったとき、若者は『これ(エゾホトケ)は絶滅危惧種だから獲るな』『そこに仕掛けをかけるな』と忠告されたとき、嬉しいと思ったね。ドジョウは獲るけれど、エゾホトケは獲らないということをも、おじいさん(他人)から伝授されていたのですから。
ちなみに青森県のRDB(レッドデータブック)には、移入種だからという判断で掲載されていないんだよ、青森県では絶滅危惧種ではないんだよ。私は自然分布だろうと思ってそれを調べているんだよと教えると、先ほどの忠告にもかかわらず、そこらに仕掛けをかけるといいよと許してくれました。
 次の日、仕掛けを回収にいくと、私がかけた仕掛けにはエゾホトケは入っていませんでした。
ところが私の水の中の仕掛けに、不思議に穴の空いたペットボトルがくくりつけられていました。中にはなんと生きたエゾホトケが入っていました。共同研究者とともに、『あれあれ、昨日出会った若者が、エゾホトケを確保していてくれたんだ』と感激したことがありました。研究は現在進行中。しかし一応ICREに受理されました。それはこの後。

by snowmelt | 2017-09-09 21:49 | 淡水魚類 | Comments(0)
2017年 05月 22日

キタドジョウ 見参

メダカはミナミメダカとキタノメダカになり、

これまたドジョウはドジョウとキタドジョウとになった。(「日本のドジョウ」 中島淳・内山りゅう 山と渓谷社)

そのキタドジョウの写真を載せます。青森県下北半島のものです。

まずはオス
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オスのヒレ
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メス2匹
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オスとメス
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by snowmelt | 2017-05-22 22:09 | 淡水魚類 | Comments(0)
2017年 04月 08日

サクラマスを海でもらう

桜の咲く頃川にのぼるからという、

サクラマスを

海辺でいただいた。

気前よく下さった。

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胃の中には

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こんなのが入っていた。

なんだろう。

エビといえばエビなのだろうが、頭の丸いエビはエビらしくない。はてさて。

by snowmelt | 2017-04-08 14:10 | 淡水魚類 | Comments(0)
2017年 03月 07日

北海道行き・黒松内へ

今年一回目の北海道行きでした。
そこでつくられたワインです。(ブドウがでしょう。)
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ブナは木でないということで橅・木で無いなどと書くのが一般的で、山毛欅と書くのもふつうでしょう。

ここはあえて木偏に貴いと書いてブナと読ませています。

なぜかというと北海道の黒松内(くろまつない)はブナの北限地として極めて知られたところだからです。
黒松内は小さな町ですが、貴重な北限のブナ林をまもり、地域の誇れるものとして古くから活動しているとききました。
北大の辻井達一先生などが昔からここを訪れ指導されてもいたようです。

元来、町の人の科学文化意識は極めて高く何十年も前から、誇れる自然を知ろう守ろうと町議会議員が率先して活動し、ここ10年くらいは「生物多様性保全」に力をそそいで来たとききました。

そして、3月4日に平成28年度、黒松内生物多様性保全奨励事業の成果発表会というのがあって
そこに行ってきたのでした。
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なんと選考委員というのがすごいのですよ。
委員長は中村太士教授です。並べて見ましょう

中村太士  北海道大学教授 森林生態系管理学
鷲谷いづみ 中央大学教授 元東京大学教授、生態学・保全生態学
中静 透  東北大学教授 生態システム生命科学専攻 : 進化生態科学
春木雅寛  北海道大学助教授 環境学 森林学

こんな人たちを毎年、選考委員に呼びよせ、発表会に呼び寄せるのですよ。黒松内町の人口は3000人に満たないのですよ。すごいことだと思います。

青森県のどこの町、村、市がこんな活動をやっているところがあるでしょうか。

むつ市はどうなんだろう。

下北ジオパークガイドブックでは、一万冊印刷して、(聞けば、校正をしないで一万冊印刷し)、配布した。その後、ひとつの有力者にとって気に入らないことを書いたため、ついでにウソも書いたため、なんと、配布した1万冊を回収に、はしったという。
回収できたのは半分以下らしい。さらに、執筆者には聞いた人にしか回収したことも知らせていない。

どこが校正ミスなのか、ウソ記事なのかウソ写真なのか、なんの検証もないまま、黙りを決め込み、3月には改訂版を出す予定だと聞いている。
1万冊を全くの無駄にする気なのだろう。
1万冊の執筆費用と印刷代とのむつ市の税金を全くゴミとして捨ててしまおうというのだろう。
その上で、この3月になんの検証もないまま、どんな「下北ジオパークガイドブック改訂版」を出そうとするのか。
むつ市には無駄金を監視するオンブズマンなどいないのだろうか。

むつ市のことはさておき、黒松内にもどりましょう。

黒松内でなにがあったかというと、黒松内生物多様性保全奨励事業のなかのブナセンター賞成果発表に行ってきたのです。
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「黒松内のエゾホトケドジョウはどこから来たのか?」エゾホトケ研究プロジェクトとして行ってきたのです。
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もちろん、山平先生が発表しました。
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以前から北海道の樺太など北方系由来の淡水魚(ヤチウグイ、フクドジョウ、そしてエゾホトケ)は黒松内あるいは石狩低地帯までで分布が止まっているという学説があったのですが、我々のプロジェクトチームは、それはどうなのかとエゾホトケの遺伝子で解析しようというしたのです。現在もしているのです。黒松内には古い遺伝子を持った集団がいるのです。なぜだろうと考えるわけです。

まだ、遺伝子だけでは証明しきれないところが絶対にあります。「ないことを証明」しなければならないようなものだからです。

中村先生は、なんくせをつけるのは必ずいるから、そういう人間はレフリーにしてくれるなというしかないでしょうねとのことでした。

前にも書いたかもしれませんが美幌町(びほろちょう)の博物館には学芸員が5人いるとききました。ちゃんとした専門研究性を身につけた学芸員です。美幌町の人口は2万290人だとあります。
こういう町に博物館があり、専門性を身につけた学芸員が5人配置されているのです。
青森県は全然及ばないなと、ため息がでますね。むつ市はまたまた、ため息もでない。

美幌のMさんからお土産をいただきました。
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まるまんま豚醤油とか、豚でつくられた醤油らしい。こういう開発も美幌でやっている。
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たのしいひとときでした。
今回は雪があればよくないかと用心しての汽車の旅でしたが、道路には雪はほとんどなく車でも来れたかと感じはしました。しかし本を二冊読めましたし、汽車で正解だったと思います。
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ここは内浦湾の長万部(おしゃまんべ)駅です。ここから北上して日本海へむかい、2-30分のところに黒松内駅があります。北海道はカスベ(魚のエイ)の形にたとえられますが、しっぽの付け根一番くびれたところに黒松内町があります。いいところです。

黒松内クロマツナイはアイヌ語地名だろう。と調べなかったが、「黒松内町ブナセンター、ホームページ」に3月10日講師:平取町アイヌ施策推進課アイヌ文化保全対策室 学芸員/室長 吉原秀喜 さんを招いてブナセンターで、アイヌ語地名の講演や現地案内とのチラシをみつけた。
「黒松内もクル・マツ・ナイというアイヌ語からきています。どういう意味かしっていますか。その背景にある地形や自然、歴史をひもといてみませんか」とのチラシでした。参加料無料。人数制限はありますが、なんとこういう企画などどんどんとおこなっているのでしょう。黒松内町はすごいね。
むかし、ふるさと創成1億円を、1億円の金のこけしとして使った市などありましたが、黒松内は未来を見据えた使途にむけたのでしょうね。それが息づいているように感じます。

ブナ北限の里 黒松内町のブナは、地域住民のみならず他県の人からも身近にふれられる開放されたブナ林と感じられました。歌才(うたさい)ブナ林は国の文化財です、林内のものは一切採取出来ません散策路以外の場所に入らないで下さい、火気厳禁ということはあるけれど、ブナ林入口まで800㍍、そこから1200㍍までブナ林の中を散策できるという身近さは、活かされた自然林だと感じるわけです。

青森県の白神山地は、よく山を歩く人間ででさえ、行く気になっても、そうは出来ない、拒まれた、入っちゃならないというブナ林とは大違いに感じますね。白神のブナ林はマタギさえ入っちゃならない場所にしてしまったのですからね。ニホンジカが増えてきてどうなるのやら。世界遺産かもしれないが、拒絶された世界遺産ブナ林と感じますね。

そうそう、昭和41年の本ですが、アイヌ語地名解(更科源蔵)では「地名の語源に疑問があり、クルマッナイで、日本人の女がいる川といわれている。むかし、奥地の漁場にいる漁夫をしたつて来た妻女たちが、寿都付近の海で難破し、ここにとどまつたので名付けられたというのである。」とは書いてあるガ10日には、どういう説明がされるのか、行ってはみたいが、またフェリーで行くとなると二の足をふみますね。

黒松内を流れる川を朱太川(しゅぶとがわ)と簡単に呼んでいましたが、更科源蔵によると、「シュブキペツといつて茅の多い川という意味。この川筋にアイヌ人が五百人余も住んでいたのを、シュマ・テルケ・ウシというところに漁場を開くときに、労働者として移したので、場所の名をシュプキ場所といつたのが寿都(すっつ)になったと書いてありました。ことぶきの都ではなかったのですね。労働者として移したとあるのはアイヌ人を連れて行ったのだろうか。「シュマ・テルケ・ウシというのは石の上をいつも飛んで通る場所の意味がある」とあります。

by snowmelt | 2017-03-07 00:31 | 淡水魚類 | Comments(0)
2016年 10月 15日

下北半島のカジカ

田名部川支流のカジカです。
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by snowmelt | 2016-10-15 21:27 | 淡水魚類 | Comments(0)
2016年 09月 08日

また北海道へ行ってきました

9月1日~6日の日程で、また北海道へ行ってきました。
台風10号までの影響が大変に残る、また洪水警報が残ったままの状況での来道となり、やや警戒していましたが道央から道東ルートは避けたので障害はほぼなかった行程でした。
さいごに鹿部から大沼、函館へ抜けるルートは通行止めで遠回りでしたが新しい道を走ったので満足でした。

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洞爺湖
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支笏湖
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支笏湖ビジターセンター
ヒメマス
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エビゴケ
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美幌博物館
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紋別
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ミシュランひとつ☆うどん店
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黒松内
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by snowmelt | 2016-09-08 11:09 | 淡水魚類 | Comments(0)
2016年 08月 07日

メダカのこどもとサカマキガイのこども

メダカの子どもが盛んに増えている。

孵化したては極めて小さく見にくい。

すこし大きくなったのしか撮せない

浮草と比べてみて

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サカマキガイの孵化しそうなのと孵化したものたちを撮して見ました。
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サカマキガイはどうも好きになれない。

by snowmelt | 2016-08-07 21:50 | 淡水魚類 | Comments(0)
2016年 06月 28日

ブラックバス釣りなら、ここがいいのでは

下北半島のH沼公園は、今年は溢れてでたブラックバスの幼魚たちがどんどんどんどんとT部川の中下流域に流れ出している。

どこを通ってと言えば長い長い田んぼの用水路です。H沼公園にはブラックバスなど外来魚は放流しないようになどとの看板がありますが、看板があると言うことはここは釣れるという証拠でしょう。

そこからあふれ出るくらいの幼魚がいるということはこれは釣れるでしょうね。

用水路ばかりでなくもう一本排水路があり、これもT部川につながっているのですから、コイが泳ぐ中流域もバスフィッシングの穴場になるのではと考えます。

津軽富士見湖や野木和公園が過去にバス釣りで賑わった?ようにH沼公園も賑わうのではないでしょうかね。

釣ることはルールを守っていればいいいのでは。他で儲けることを考えるひとは少しはいるでしょうね。

一番最初にブラックバス密放流した人はいい人とは言えないと思うけど、こうなった今は次のことを考えることでしょうね。
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かわいそうだけど5匹死んでもらいました。

by snowmelt | 2016-06-28 19:13 | 淡水魚類 | Comments(0)
2015年 06月 24日

恐山宇曽利湖のウグイの産卵風景

八甲田山という山はありません。

恐山という山もありません。

山はやまであり、本当は、さんでもざんでもありません。

岩木山もいわきやま なのです。

ふもとの岩木山神社を「いわきさんじんじゃ」で検索するとでてきません。

「いわきやまじんじゃ」が正しいのです。

岩木山が カムイエワキというアイヌ語からきていることは昔から云われていること。

『神の居るやま』がカムイエワキということ。


宇曽利山と書いて、こちらはうそりやまと呼びます。

ところが宇曽利山という山はないのです。

うそりやまという地番はあります。うそりがわという地番もあります。

ウソリというアイヌ語は入江という意味で湖の北の入江に近いところがうそりやま、

安渡湾の入江に流れ込んでいる川がうそりがわでそこらを地番にしたというだけ。


だから「宇曽利山湖」などという国土地理院の名称はおかしいといっているのです。

ふるくから地元大畑の人もむつの人も正しく宇曽利湖・うそりこと呼んできたのに

国土地理院の地図の表記のほうが正しいと云う人の頭の中はどうなってんのでしょう。

宇曽利湖のpHは平均3.6で強酸性湖にわけられます。pH4以下を強酸性としています。

pH2台のところにもウグイは泳いでいました。

中性でも生きています。

中性で1年くらい飼育した宇曽利湖ウグイでもPH3.6に戻すと最初は慣れるのに6時間はかかるようです。

昔、ひとつ不思議なことがありました。『pH3.6の水でウグイをもちかえり、中性の水に入れたら苦しがったのか暴れたのであわてて酸性に戻した』とある人がいっていたのです。しばらくしてからの2回目は暴れることなく普通にいったということでした。ある水道局の人でした。

沢は中性で、酸素も多く、産卵のために沢をのぼります。

卵も、生まれたての稚魚も、泳ぎ始めた稚魚もpH3.6にはついていけません。

水素イオンを排出する酵素の遺伝子は持っていてもまだだめなのです。

沢で産卵するウグイたちです。

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by snowmelt | 2015-06-24 16:00 | 淡水魚類 | Comments(0)