北のフィールドノート

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2017年 09月 22日

淡水魚山渓谷ポケットガイド17・図鑑のすべてを信じている人への忠告、特に子供へ

                                               下北自然学巣 大八木 昭

一般人は一応、科学の教科書や図鑑は、ほぼそれほどの間違いはないだろうという目で見ているだろう。

まだ、不明であると書かれていればそれは正しい事のほうが多い。

わかってもいないことをわかったように書いているのがはなはだ毒害になる。

それを読んだ子供や、大人がウソでもなんでもそれを信じてしまうからだ。

ここに

「ヤマケイポケツトガイド⑰淡水魚 森文俊、内山りゅう、山崎浩二 山と渓谷社」

の間違いを指摘して、子供達に誤った情報を流し続けないようにしていただきたいことを願う。

ブラキストン線は絶対だという誤った考えの人への忠告も含まれる。

「ヤマケイポケツトガイド⑰淡水魚 森文俊、内山りゅう、山崎浩二 山と渓谷社」2003年4月10日2版第2刷発行の129ページ

『エゾホトケ 北海道に分布するホトケドジョウの仲間。①移植により青森県にも定着しているが、ホトケドジョウとの交雑が心配されている』
 
この時点で、これについての①についての誤りひとつめ、良識的な図鑑では「自然分布なのか人為移入なのか不明である」というのが良識的なものである。 なぜなら不明だったのだから。

青森県では移植があったと推測して言う学者?もいるが---なら正しいが断定したのが誤りだ。

そして、ふたつめ、さらに続けて「ホトケドジョウとの交雑が心配されている」とは何を言っているのか、著者たちは自己矛盾を感じていないのか。

その前の128ページのホトケドジョウの文にはなんと書いてあるか「①分布 本州(青森県を除く・・・・)」と書いてあるのですよ。エゾホトケは青森県北部で止まっているしホトケドジョウは山脈があり岩手県を出ることはできていない、それをなんで交雑が心配されていると、3名のなかの誰が考えたのか他の現状を知らない誰が考えたのか、アホらしい。

この9月にブラキストン線を越えた淡水魚としての論文がやっと認められました。


おかげさまで今回、記事に出しましたが、日本魚類学会の Ichthyological Research の電子版にやっとでました。
Phylogeography of the eight-barbel loach Lefua nikkonis(Cypriniformis:Nemacheilidae):how important were straits in northern Japan as biogeographical barriers?エゾホトケドジョウの系統地理:北日本の海峡は生物地理学的障壁としてどの程度重要か?
青森県のエゾホトケドジョウは在来集団です。「自然分布なのか人為移入なのか不明である」といわれつづけてきたことを2017年9月をもって「本州のエゾホトケドジョウは自然分布である。」と遺伝子を解析した結果の科学論が認められたということなのです。

青森県のレッドデータブック2010年改訂版までは「青森県のエゾホトケは北海道岩見沢から移植によるという論文、(これは聞き取りという推論だけのもの)もあるので」「国内移入種は除外する」という方針なのでレッドデータ種には入れないとある魚類学者が言い張るので青森県のRDB種にも上げられず、そうしているうちに消えていった場所もあるのですが、(国内環境省のRDB種ではあるのですがね。)今、青森県では県RDBの改訂作業がすすんでいます。 国内移入種だからダメ、ダメダメとはね除けられてきたけれど、今度ばかりはそうは行かないのではないでしょうかね。しかし疑問ですねそうするかどうかは。

下北ジオパークについてもこれは大きな問題です。アホかと思えるブラキストン線の解釈をしたままですので。

なんにしろ、間違ったことをただしていくのが必要だと思うのであります。                                    
                                                  

# by snowmelt | 2017-09-22 17:21 | Comments(0)
2017年 09月 10日

エゾホトケドジョウの系統地理:北日本の海峡は生物地理学的障壁としてどの程度重要か?

エゾホトケドジョウの系統地理:北日本の海峡は生物地理学的障壁としてどの程度重要か?という論文について
                                    
                                                  下北自然学巣 大八木 昭

おかげさまで今回、日本魚類学会の Ichthyological Research の電子版にやっとでました。

Phylogeography of the eight-barbel loach Lefua nikkonis(Cypriniformis:Nemacheilidae):how important were straits in northern Japan as biogeographical barriers?

というものです。紙の英文版は2018年の最初の巻らしいです。それには和文抄がついています。それらは別刷りをもらえます。

今の段階では英文電子版pdfだけです。

どうやってたどるか 『魚類学雑誌(英文誌)』で検索すると次が出ます。
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画面のところをクリックすると
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画面のてころをクリックすると今9月なら次が出るはず
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で画面の所をクリックしてAbstract が表示されるという手はずです。この下線部をクリックしてもいいですが
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こちらの論理は調べたところの青森県のエゾホトケドジョウは在来分布であるという意見であります。

和文のほうがいいという方のためにすこし--日本列島の多くの海峡が生物地理学的障壁として提唱されているが,陸上および淡水生物の分散においてそれらがどの程度の障壁になったかは,今もなお論争がある.北日本に生息するシベリア由来の純淡水魚エゾホトケドジョウのミトコンドリアDNAハプロタイプを解析したところ,本種の地理的分布域内には明瞭な遺伝的構造が見られたが,2つの主要ハプロタイプは,北日本における生物地理学的境界として有名な石狩低地帯と津軽海峡を跨いで分布していることがわかった.また,これら2つの主要ハプロタイプは1塩基の違いのみで互いに分かれており,石狩低地帯および津軽海峡以南に分布するハプロタイプも含めた多くのハプロタイプが,これら主要ハプロタイプから分岐していることもわかった.これらの事実は,主要ハプロタイプの急速な分布拡大と各地域での遺伝的分化を示唆する.本州の同属種ホトケドジョウの中部山岳地帯の隆起による隔離を較正点として分岐年代推定を行ったところ,エゾホトケドジョウの北海道から本州への分散は8~19万年前以降と推定され,津軽海峡にはリス氷期に陸橋が形成されたことが示唆された.その他の淡水生物が津軽海峡を渡った時期はそれよりも古い年代(更新世中期)とされていることから,津軽海峡には陸橋が繰り返し出現したと考えるのが妥当である.にもかかわらず,エゾホトケドジョウは本州の北部にまでしか侵入しておらず,その他多くの淡水生物もこの地域に分布域の境界をもつので,仮に津軽海峡が存在しなくとも,そこに動物相の移行帯は形成されたかもしれない.このように,北日本の海峡や低地帯の淡水生物の分散に対する障壁としての重要性は,現在考えられているよりもかなり小さいのではないかと我々は考える.--というようなことなのです。

ICREに受理掲載されたと言うことは Now, the nativeness of Honshu Lefua is scientifically supported. : K.Y.ということなのであります。

これとほぼ対立する論文はこれです。←ここをクリック

# by snowmelt | 2017-09-10 21:42 | Comments(0)
2017年 09月 09日

青森県のエゾホトケの分布は移植によるものか、事実確認のない論文を検証する。

青森県のエゾホトケの分布は移植によるものか、事実確認のない論文を検証する。
 
                         下北自然学巣  大八木 昭

当該論文はこれである。
日本生物地理学会報第48巻第1号1993年7月31日
青森県におけるエゾホトケの分布および二,三の生態学的知見 竹内 基・太田 隆

Bull.Biogeogr.Soc.Japan48(1):73-80.July 31,1993
Distribution and a Few Ecological Aspects of Lefua costata nikkonis (Cobitididae)in Aomori Prefecture,Japan Motoi Takeuchi and Takashi Ohta
73ページのみを示す。まずAbstractを示す。
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読みやすいように、分布に関しての部分を拡大し下線を引いたものを示す。
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下線部で
『一町田のエゾホトケ個体群は北海道岩見沢からの移植であると決定した。目名の個体群については不明である。しかしながら地史的なあるいは生物地理的な事実から判断すれば目名の個体群もまた同様に北海道からの移植であるように思われる。』と書いてある。
 Abstract しか読まない人にしてみれば
青森県の岩木町一町田のポピュレーションは北海道岩見沢からの移植と決定し、東通村目名のポピュレーションも同様に北海道からの移植と思われる。
だから、『本州におけるエゾホトケは移植によるもの』という意見がほとんどになってきて、『自然分布か人為分布かはっきりしていない』という意見や記述はなくなってきているのが現状である。
ここで、和文ではどのように書いてあるのか、なぜ『岩見沢からの移植と決定した』のか、和文を読んだなら何を根拠としているのか聞き取り調査というものが本当に存在したのか、証拠を確認したのか、なぜ林崎や藤崎町のエゾホトケを除外しているのか等を検証してみることが必要ではないかと感じるわけである。


(基本知識として、)
地名の読み方について、一町田はいっちょうだ、賀田はよしだと読む
単にドジョウとあれば食用のドジョウである。エゾホトケは鼻孔にフタがないので、泥に潜って暮らすことは絶対になく、生態も形態も全くドジョウとは異なるものである。体長は2センチから5,6センチと小さい。採ってきてから4年間飼育して7.6センチとなった経験はある。野外での最大のはオス8.0センチとメス10.5センチとであった。非食用である。ドジョウ業者はドジョウの中に混じっていれば選別して捨てるらしい。

分布に関するところを抜き出してみます。
76ページのところです。
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竹内基らの文を番号付けしてみる。
①『一町田では1973年頃に藤崎の仲買業者が北海道の岩見沢あたりから大量のドジョウを仕入れ水田に蓄養したという事実を確認できた。』
②『その後出水によって殆どのドジョウが水路に逸出してしまい、蓄養池そのものが放棄されたようである。』
③『これらのドジョウの中にエゾホトケが混じっていた可能性が極めて大きい。』
※Abstructの中ではThe population of L.c..nikkonis in Ichoda was determined to be transplanted from Iwamizawa, Hokkaido in the early 1970's.としている。『岩見沢あたりから』ではなく『岩見沢から』である。ドジョウに混入のニュアンスもない。英語しか読まない人には正しい情報は得られない。
④『一町田でのエゾホトケの分布はかつてその蓄養池のあった場所より東側(下流側)である。』
さてそれぞれについて検証していこう。
①で断定しているところは『事実を確認できた』というにも関わらず、聞き取り調査なのに誰に聞いたといっていない。これでは、事実を確認できたと言うものではない。
では、他の部分も含めてだれから聞いたか想像するしかない。
 藤崎の仲買業者から聞いたとは書いていないがそれらしく臭わせていることはある。
 ただ『一町田では』--これを一町田の地区での聞き取りではと読ませれば、藤崎の仲買業者以外の誰かそこら辺にいた人となるだろう。もしも仲買業者から聞いたのならば、コメントはほとんどあいまいであり竹内基も含め憶測だけでの聞き取り調査の価値は皆無である。
後段に、『またドジョウ採集者によると』とあるので、この『ドジョウ採集者』から聞いたのかともとれる。
もうひとつ『一町田では』--これを一町田地区の歴史ではと読ませれば藤崎の仲買業者以外の誰か一町田の歴史を知る人となるであろう。
②は誰の推測だろう。いずれにせよ憶測だ。
③これは竹内の推測だろう。つまり推測だ。これについては自由な推測で良い。
①と②での単語の違いについて①『水田に蓄養が事実』が②『蓄養池』にしたのは意図が感じられ、単に言い換えただけとは思えない。 
①②③についての結論
②と③は憶測と推測である。③については文句はない、よしとする推測である。
しかし憶測と推測と①だけで誰から聞き取りしたかを書かずに『事実を確認できた』とよく言えるものだ。事実は皆無ではないか。ファクトがないというものだ。
①の水田を②で蓄養池と呼びかえて④の蓄養池に誘導しているように感じる。

さて④について
ファクトがないはずなのに断定している部分は、意外なことに④『一町田でのエゾホトケの分布はかつてその蓄養池のあった場所より東側(下流側)である。』と言い切っている点だけである。
なぜ、蓄養池のあった場所が断定できるのか。そこは聞き取りしたとは書いていない。
(出水したからとはいえ蓄養池から、池から水路を経てほとんどのドジョウが逸出するということは考えられるのかの疑問は出てくるがそれは置いておいて。)
この論文の致命的な点は事実確認がないことである。証拠を示すことなく判定ができるのか。勿論、ないことを証明せよという『悪魔の証明』ならできない。
しかし、この場合は、蓄養池は西側にあったというのだけで、その位置はこことでも示さずに、つまり事実確認(聞き取りならば、情報を提供した人が誰で、作り事で言ったのか、何を根拠にして言ったのかさえわからないまま)がないことを『事実を確認した』という竹内基を誰かが信じるといっても、常識人なら信じない。

さて、1973年編集1975年修正の5万分の一地形図がありました。
図で示します。
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水路の線は7時か8時の方向から流れはじめ、ほとんど1時の方向へと流れていきます。
一町田の水路の上流部には蓄養池といわれるような池はありません。
もう一度いいます。竹内の断定文④はまずひとつ『蓄養池』はウソであると判定します。
百歩譲って『水田に蓄養』します。しかし、せっかく、北海道の岩見沢あたりから買い入れた大量のドジョウを泥田の中に分散させて、一年か二年おいてから、それをまた捕獲するような田んぼはあるのですか。地図をみれば水田の記号だけでしょう。稲作をやりながら、刈り取り後も水をいれたままの大量のドジョウ蓄養は常識外で考えられない。
西側(上流側)に蓄養池あるいは蓄養水田があるというのは全く考えられない。竹内は『蓄養していた水田は出水によってほとんどのドジョウが水路に逸出してしまい・・・ようである。』とは書いているのですがこれも推論。
従って④の断定文も、根拠もファクトもないものであると結論します。

①②③④でどこにファクトがありますか。ないのです。すべて『らしい』という推測にしかならないのです。
これをもとに学者達は本州のエゾホトケは人為分布によると結論づけているのです。国立環境研究所・生物侵入データベースを見て下さい。青森県は真っ赤で『移入分布』だと決めているのです。『在来かどうか不明』でもないのです。


一町田の地図を見てみなさい。一町田に実際行ってみなさい。
現在ウェブにでている地図ですが見てみましょう。
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細い青い線が水路です。直線的なのは水田等で人工的に掘ったり、つくったりした水路だからです。もと池があったなら、そこは直線的にはならないのです。つまりもと池があって流入流出線が乱れているところが見当たりません。つまり池などなかったと言うことです。前出の地図と比べると、黄色いカーブのない新道ができたことがわかります。
1975年頃の一町田のまわりは一町田から新町、深山の三角並び部分が増えたようでそこ以外の田んぼはたいして変わっていないようです。

 1999年7月22日に当時弘前大学教授の奈良典明先生と、元弘前市水族館職員との3人で一町田でエゾホトケを探しに行きました。その時は5万分の1地図も持って行かなかったので正確な位置はわかりません。水田の縁の水路で採集できました。
1999年当時はこんなに家並みはなかったと思います。ただ、元弘前市水族館職員の案内で行ったのですが、『ああ、一町田の芹田(セリの田んぼ)だろ』と連れて行ってもらったのです。しかし、セリの田んぼではありませんでした。でも7月22日なのに水稲水田ではなかったと思います。コンクリート枠の入っていない、浅い素掘りの自然水路でのみ採集できたので、何が栽培されていたか意識できなかったのです。
 それ以後、2015年までに7回前後、一町田周辺を今度は一人で、歩き回りましたが全く採集はできませんでした。
それで、分かったことは一町田地区の西側の二本木(にほんぎ)では最近まで芹田と言われるところがあったようです。以前は実際に湧き水が流れ出していてセリが植わっていました。下北ではエゾホトケはこういうところ(私には冷たい水の感じ)に良くいるのだがと思い網を入れて探しましたが採れませんでした。さらに2015年には二本木の南脇の水路の様式が変わってしまい、湧き水を利用している風は見られず、セリも植わっては居ませんでした。二本木で会った農具をいじっていた人にエゾホトケの事を聞いても、そんなのは知らないな、素掘り水路はほとんどないが、そういう魚がいそうな水路を教えるから行って見ろと言われて、さらに、『待ってろ案内するから』と連れて行ってくれました。しかしそこで網を入れても採れませんでした。
二本木のその人に、万が一そんなのが『3-6㎝でヒゲが8本あって、尾鰭のところにくさび型で黒いのが入るか、体に沿って真ん中に一本黒い線があって尾鰭のところでくさび型が入るかだからと写真を見せて説明したら』よく聞いてくれて、その人は『見つけたら電話するよ』と言ってくれたので電話番号を教えてきましたがその後全く連絡はありませんでした。

さて、時系列で考えると論理があやしいということがでてきます。
ただし地理と時間がわからないと気がつかずに欺されます。

竹内 基らの上の論文の部分のところをまとめてみましょう。
竹内 基らが述べていることを箇条書きにしましょう。
Ⅰ、1973年頃、一町田の西側(上流側)で岩見沢から大量のドジョウの蓄養が行われた。
Ⅱ、1978年頃からエゾホトケが多く採れるようになったらしい。
Ⅲ、1981年に一町田で50匹くらい採れたのはエゾホトケが増え始めた時期と一致する。
Ⅳ、また県内で採集されたり、北海道などで買い付けられたドジョウの一部がこの仲買業者の所に集められ、出荷に際して選別が行われ、エゾホトケは近くの用水路に流されているという。
Ⅴ、松宮(1974)が採集した場所はその用水路の下流なのでこれらのエゾホトケの生き残りが少数繁殖したものと思われる。
Ⅵ、以上のことなどから一町田のエゾホトケについては移殖によるものと判断してよいだろう。

Ⅰ~Ⅵまでを時系列に並べるとどうなりますか。
そうです次の順番です。

Ⅳ、また県内で採集されたり、北海道などで買い付けられたドジョウの一部がこの仲買業者の所に集められ、出荷に際して選別が行われ、エゾホトケは近くの用水路に流されているという。
Ⅴ、松宮(1974)が採集した場所はその用水路の下流なのでこれらのエゾホトケの生き残りが少数繁殖したものと思われる。
Ⅰ、1973年頃、一町田の西側(上流側)で岩見沢から大量のドジョウの蓄養が行われた。
Ⅱ、1978年頃からエゾホトケが多く採れるようになったらしい。
Ⅵ、以上のことなどから一町田のエゾホトケについては移殖によるものと判断してよいだろう。

Ⅵの結論でなぜ、Ⅴで松宮(1974)のものを、これらのエゾホトケの生き残りが少数繁殖したもの思われるとしながら、移殖によるものと判断しないのでしょう。

Ⅳの時期はいつでしょう。1974年以前でないと行けませんね。厳密に言えば1973年7月に林崎の水田の水路と藤崎新町の用水路でエゾホトケを採っているのですからそれ以前、1973年以前に県内からだけでも、県内と北海道から、あるいは県内だけからでも移入しなければならないのでしょう。

林崎と藤崎でとれたエゾホトケの起原を明らかにせず に1981年一町田でとれたエゾホトケは北海道からの移殖とだけいうのははなはだおかしい。

次に松宮(1974)林崎と藤崎の何処で採られたのかなど採った本人からなどの情報を見せましょう。
まず一町田と林崎、藤崎の位置関係から
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そして林崎で成田悟、成田徹両君が林崎で採ったところを赤丸で示します。松宮君のはまだ藤崎新町としか確認できません。当時は、特段の目的がなければ自然分布であろうと中村先生が言ったとは書いています。
(林崎の赤丸は直接成田徹様に打っていただきました。ありがとうございます。)
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竹内らは次の推論に反論できるか。『県内で採集されたり』集められたその中にエゾホトケが入っていて用水路に流されたものが林崎の水田水路と藤崎の用水路で採られたという推測も成り立つのではないですか。これに反論できる者がいますか。
竹内らはファクトがないと言われてもしかたがないが、林崎と藤崎のものについては県内起原・北海道起原どちらも推測できるというべきでしょう。

Ⅴでなぜこの行にこのことをもってきたかと言えば、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳと来てⅤとくれば、ふつうの人は、1973年頃一町田に入れた、逃げた、増えた。県内や北海道から藤崎の業者に集めた。用水路に流した。それを松宮が採ったと勘違いするでしょう。

しかし1973年7月に林崎と藤崎で採れているということに気づけば、県内から集められたドジョウの中にエゾホトケが混じっていたかもしれないでしょう。あるいは一町田で獲ったドジョウのに、それこそ北海道からの移入のエゾホトケが入っていたかもしれない。また県内在来であったエゾホトケかもしれない。断定はできないのです。
しかし、竹内らは『松宮(1974)が採集した場所はその用水路の下流なのでこれらのエゾホトケの生き残りが少数繁殖したものと思われる。』とだけいっているのです。『これらのエゾホトケ』とはドレラ。? 1974年にはすでに下北半島田名部大曲地区でエゾホトケを確認しています。ドジョウを獲る金網ドウも仕掛けられているのを確認しています。もしも下北半島産のドジョウが藤崎の仲買業者のもとにあつめられ、そのドジョウの中にエゾホトケが入っていたという可能性は否定できないでしょう。考えてもみなさい、ドジョウを集めるのに県内を飛びこえて、わざわざ北海道にまで買い付けるという考えはまともでしょうか。まともでなくてもいいのですけれどね。

竹内らが、なんのファクトもなく『一町田のエゾホトケは岩見沢からのもの』とだけいい、林崎、藤崎のものには言及したくないのがみえますが、ただ、竹内らのファクトのないこの論文があるために青森県のエゾホトケは『人為移入だと決めつけられて』居るのです。

もう一度いいますが、これをもとに学者達は本州のエゾホトケは人為分布によると結論づけているのです。国立環境研究所・生物侵入データベースを見て下さい。青森県は真っ赤で『移入分布』だと決めているのです。『在来かどうか不明』でもないのです。

2014年、下北半島東通村のおじいさんからドジョウのとりかたを伝授されたという若者(30代ぐらい)に出会ったとき、若者は『これ(エゾホトケ)は絶滅危惧種だから獲るな』『そこに仕掛けをかけるな』と忠告されたとき、嬉しいと思ったね。ドジョウは獲るけれど、エゾホトケは獲らないということをも、おじいさん(他人)から伝授されていたのですから。
ちなみに青森県のRDB(レッドデータブック)には、移入種だからという判断で掲載されていないんだよ、青森県では絶滅危惧種ではないんだよ。私は自然分布だろうと思ってそれを調べているんだよと教えると、先ほどの忠告にもかかわらず、そこらに仕掛けをかけるといいよと許してくれました。
 次の日、仕掛けを回収にいくと、私がかけた仕掛けにはエゾホトケは入っていませんでした。
ところが私の水の中の仕掛けに、不思議に穴の空いたペットボトルがくくりつけられていました。中にはなんと生きたエゾホトケが入っていました。共同研究者とともに、『あれあれ、昨日出会った若者が、エゾホトケを確保していてくれたんだ』と感激したことがありました。研究は現在進行中。しかし一応ICREに受理されました。それはこの後。

# by snowmelt | 2017-09-09 21:49 | 淡水魚類 | Comments(0)
2017年 09月 04日

青森・下北のアイヌ語地名 糠部郡宇曽利郷 の 宇曽利 とは 芦崎 とは

                                              下北自然学巣 大八木 昭

八戸市の馬淵川あたりから北方は外ヶ浜あたりを含んで糠部郡(ぬかのぶぐん)と云った。

そして下北半島には宇曽利郷(うそりのかう)と呼ぶ所があった。そのうそりのこうを考察してみる。
 
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北奥路程記をみれば位置関係がわかる。
この巡視記録は江戸後期の盛岡藩士が記したものなので、宇曽利郷の後世の姿ではあるがそれを読み解いていきたい。

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 この写真は釜臥山(路程記の中でもこの名称が使われている)から撮したものである。
北奥路程記の行程は、この写真では奥の海岸伝いに近づいてきて、この地域に入ると左から右へと進んでいく。

「大平村中右に金比羅堂・願求院・神明社、大平より六百七十五間行きて、但し、安渡村入口へは二百間なり、」


解説してみよう。写真左方から、大平は「往昔大鍋平というた。蝦夷語のオ・ナム・ペ・タイ川尻の冷たい水のある木原の意に出づるのである。荒川の水をひいて飲料とした。(中略)旧舘跡があり、巣鷹城、または尻高城とも書かれ(中略)踏査したるにりっぱなチャシコチであった。竹花某はおそらく日本名の酋長であったろう」下北半島史・笹澤魯羊

 むつ市立大平中学校の校歌には「巣鷹ヶ丘」という歌詞がはいっている。荒川は大荒川なのか小荒川なのかはいまは不明である。江戸時代には大鍋平が大平村になって願求院もあったと解せる。

そして写真右へ(西へ)行くと安渡村にはいる。

「安渡村長き町也、海際にて繁昌のところなり、」

安渡村は長い。

「安渡村の後ろは釜臥山、前は入海、芦崎と云ふ松立の出崎あり、気色はなはだよし」

「安渡より五百弐十一間行きて、川守田村」「是より五百八十間行きて、浦(宇田とも)、家」

「川守田村中小川弐ツあり、川守田川小川なり(中略)但し、右へ入り、城ヶ沢への山道もあり。右(ママ)はすべて海辺道なり」


川守田村は現在は「川守」である。
また「浦(宇田とも)」の起源はota オた 砂浜である。
宇田のところに砂浜があったと解せるし、対岸には沿岸流により砂の堆積した芦崎という砂嘴がみられる。

補記2017.09.04:芦崎の語源はアイヌ語のmoy・ asam,モやサムかmoy・a-sam モイアさむ 湾底;(湾・入江・沼・洞窟などの)奥という意が由来と考えられる。をもう一度考え直しました。

芦崎は北奥路程記では芦崎だが、他に足崎という表記もみられる。

地形的にもアイヌ語的と考えることができる。

『アイヌの考え方による。川の右岸と左岸は和人とは反対である。和人は川は海へと流れるものだから海に向かって川の右岸、左岸という。

アイヌはだいたい海に近い川尻に住むことが多かった。だから、川をさかのぼって行くものなので、山に向かって右をシモンsimon(右)、左をハルキharuki(左)と呼ぶ。』

生活圏からみての右・左ということである。だから、湾の奥といえば、生活圏の川尻からみての奥の端に砂嘴があるのでそれを奥・アサムと呼び、それがアシになり「芦」や「足」になったというのが私の解釈である。などと書いたが、棒線部のこれは撤回する。

理由は、北海道のモイアさむ・モやサム示す説明は(山田秀三・アイヌ語地名の輪郭)はどうみてもへこんだ方を湾底というらしいからです。

そして、まさに『 ホアシ ho-ashi-i (<山の>尻・をたてている・もの、岬)』という説明があったのです。
さらに、『先の方が少し高くなっている岬をいう』とまであるのです。

芦崎をもう少し見てみましょう。
砂嘴部分をみわたし
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やや見下ろし
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水平にちかくまで視点をさげると
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という訳なのです。

岬は尻をたてている・もの あるいは尻を水につけている・ものなのです。

北奥路程記の地図は一番へこんだ所が切れています。

江戸時代は切れていたのでしょう。つまり尻の前の背中の部分が水につかった状態だったのでしょう。

砂嘴のでき方は最初は連続してできても波浪の状態でまた切れたり、つながったりしていたのではないでしょうか。

今は外側だけコンクリート護岸しているので途切れることはないのでしょう。

これで、やっとホアシから芦崎になったのではないかとの確証をいまのところ得たと思っています。-----ここまで補記



青森県立大湊高校の校歌は「芦崎の波しずまりて」ではじまる。


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 ここで、川守田の語源をアイヌ語で考えてみる。

何故かというと大平村からウソリ村まで、すべてアイヌ語であり、他より小さな小川しかないのに川守田とここだけ和語とは考えられないからである。

 では、川守田の地形位置とはどう云ったら的確なのか。

川守田の位置は・芦崎のちょうど先端・の対岸にあたる。

つまり、和人風にいえば湾の入り口の敷居の位置、アイヌ人が云えば湾からの出口・あるいは湾の・底の位置である。

であるから kama・moy-asam・ta カマ・モやサム・タ・ 上を越える・湾の(底)・そこに、あるいはカマモイアサムタを川守田の漢字で表したはないかと想像している。(補記2017.09.04ここももう少し考えが違うかもしれないがkama・moy・taという用語はまだ見つけていないのでこれではないのだろうかとも何とも言えない状態です。川守田村は点ではないと考えればkama・moy-asam・ta カマ・モやサム・タ・ 上を越える・湾の(底)・そこに、でいいのではなどとも考えられるし)

宇田からは
「この道筋、小堰、小川数々あり、右の方ひきあがり ウソリ村・安渡 ・ 城ヶ沢の界川云ふて、橋四間半の小川あり、此処まで入海の所、是より陸地野平または畑、杉立、ひだりは松林の道を行きて城ヶ沢に至る、」

ここでウソリ村が出て来る。
絵図の中には「宇曽利」と書いてある。これがアイヌ語のus-or・ウそル(ウしょル)(カタカナひらがなまじり表記のアイヌ語はひらがなのところにアクセントがあります)湾・湾内であり、ひろく宇曽利郷と呼ばれるに至った発祥の地であると考える。

橋四間半の小川が河川の宇曽利川であろうし、安渡村および宇曽利村と城ヶ沢村との境界の川ということと解せる。水が必要そして宇曽利川の川尻を生活圏とした宇曽利の蝦夷が居住したと考える。

宇曽利村名は現在は「宇曽利川」という地区名で呼ばれている。

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                                                       (宇曽利川の川尻から奥を見る)
 


「天喜五年(西暦1057)源頼義が奥州の豪族、安倍頼時征討に下った際、宇曽利郷((らの蝦夷の助勢・(夷をもって夷を討つという策略)で、頼時を討った、このときの(助勢に加わった))宇曽利郷の首領が安倍富忠であった。
安倍富忠は宇曽利富忠とも称して出自は宇曽利郷であったと推定される。」下北半島史・笹澤魯羊・ ( )内:筆者

安倍氏の名の語源もアイヌ語と推定できる。安倍はアウ・ウン・ペ au・un・pe が変化したアウンペ aun・pe からアンペ anpe となり意味は「内に入りこんでいる・もの」となる。

us・or も aun・pe も同じかどうか、時の経過と共に生活圏は広がったと見たい。つまり丸木舟で川尻中心の生活圏をさらに芦崎湾内へと拡大し、大きい船も操るようになったのが安倍氏であろうと考える。

 安渡村の語源もアイヌ語と推定できる。安渡はaun・to 入りこんでいる・海 に由来するもので、元の形はaw・un・to であると考えられる。
この場合、「入り込んでいる・海」は芦崎湾us・or とは考えないほうがよいかと思う。
なぜなら安渡村は芦崎よりも東からと大平までの間を云うものである。大平岸壁とさらにその向こうは遠浅干潟のできる海岸であった。

大平岸壁近辺を「入り込んでいる・海」aun・to と云うのだと解釈したい。

安東氏の語源はまた、aun・to から来ている。つまり安渡村であるので安東を名乗ったのだろう。さらに、安東氏は安倍氏の末裔であることからも、宇曽利→安倍→安東と生活圏を移動拡大しながらそれに併せて姓も変えていったと思うのである。

 結論すれば、糠部郡宇曽利郷の「宇曽利」はus・or 湾・湾内という意であって、今の宇曽利川の川尻あたりの「宇曽利村」が宇曽利郷の発祥の地なのである。

つづく

※下北半嶋史 増補三版・笹澤魯羊
※ 地名アイヌ語小辞典・知里真志保

2013.10.18 補足

斗南藩は明治四年 安渡、大平の二ヶ村を合併して、大湊町を興した。「元大平の分は本町(もとまち)、元安渡の分は浜町と相唱し候」 下北半嶋史

 大平の大をとり、安渡村のみなと(大平もみなとであるが)を湊としてあわせつけた大湊とはなかなかいい名前だとおもう。

他地区の人がみれば大きい湊として見てしまうかもしれないが、大平の文字が使われているということであったのだ。

「田名部川は舟楫((シュウショウ:舟と櫂かいのこと)楫かじなのに))の便があり、安渡、大平の湊に碇泊する廻船の積荷は川船に移して川を遡り、田名部大橋の問屋の倉庫へ搬入された」下北半嶋史
(10月13日 東北アイヌ語地名研究会・下北研修会での発表内容 をまとめています。但し時間の関係で発表までにはいたりませんでしたが)

補足説明2017.09.05

大平から安渡村から川守田村(今は川守)の位置を示し安渡湾、aun・toを示したい。
写真で見よう。
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こういう位置関係なのです。

いま、水源地公園のところに観光交流センター「北の防人大湊 安渡館」という建物がある。
むつに来たときに先輩が、安渡湾というのは芦崎湾(宇曽利湾)のところであって、沖からやってきた船が波静かなところに入って安堵したから(漢字を変えて)安渡湾というんだということを教えてくれたが、違うんじゃないのといまなら言えるね。
芦崎の内海じゃなくて、むこうのtoだもの、ましてや安渡村という村まであって湊があるのだから、安渡湾は安渡湾、宇曽利湾は宇曽利湾と考えるのが正常でしょう。

安渡館の前に見えるのは安渡湾ではなく、宇曽利湾です。

安渡湾はずっと左の田名部河口から大湊浜町あたりのところ。

安渡館と名前をつけた人は誰なのか知らないけれど、関係ないんだろうね。ジオパークのガイドさんは、適当なことを説明するんでしょうね。以上補足。

2017.8.11に安渡館で芦崎の自然の2種のドジョウ、エゾホトケドジョウとキタドジョウのことをお話したときの内容が電子版に掲載されました。
ここにリンクをはります。←ここをクリックしてください。

# by snowmelt | 2017-09-04 20:03 | Comments(0)
2017年 08月 24日

北海道をウィグル自治区化する中国

ターゲットは釧路市、買い占めることから。

我が故郷北海道を、金ほしさに土地も港も心も売り渡す人たちだったのか北海道人は。

日本政府はなんとかしないのか。今日8月24日の虎ノ門ニュースをみて愕然とした。

水源だけではなかったのだ。ウィグル人がされたと同じ事を中国共産党が北海道でやろうとしているのだ。

チャイナタウンどころの話ではない。青森県民もお金お金で、中国からのチャーター便導入を喜んでいる様子だが本当に危機管理ができているのか。



補記2017.09.09、上の8/24(木)放映の虎ノ門ニュースのYouTube画像がなぜ見られなくなったのか。これは中国当局と、反日人の力としか考えられない。それともこれだけ太陽フレアでおかしくしたのか。著作権なんたら難癖で削除させられたか。まっとうな論説だから、消されるのだろう。
また、復活したら2017年8/24の虎ノ門ニュースをぜひ見てください。




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# by snowmelt | 2017-08-24 17:50 | Comments(0)
2017年 08月 16日

むつ市の価格の差は?芦崎シンポうん十万vsいるかシンポ250万円

むつ市の「芦崎の自然」シンポジウムが終わった。

参加してくださった市民の一人から意見があった。なぜ、10年に一度まとめた報告書に論文みたいのを書くだけで、市民に「芦崎の自然」を知らせることの努力が足りないのではないか。との意見だと受け止めた。
コーディネーターはむつ市のお金の問題、お金が出ないという言い訳をしたと思う。

一調査員として、お金のことをいわせてもらえば、芦崎で調査員として年4回ないしそれ以下の調査を20年間は全くのボランティアのものですよ。弁当をもって、交通費をかけて、初回からのひとは80回ぐらい最近の人はそれなりに、途中の人もそれなりに、1回の人もいれば80回ぐらいの人もいる。
みんな、芦崎の自然を解明できたら楽しいから、むつ市の自然の財産になるのではと一銭ももらわず調査してきたのです。
市民に知ってもらうのは勿論、知ってもらわなければ財産でも何でもないでしょうが、自衛隊基地内と言うこともあって、むつ市お得意の観光なんかには何の儲けにもならないでしょうが。
純然たる自然の面白さが芦崎にあるということを調べる仕事を調査員はするだけであって、
あとは、教育委員会生涯学習課が、それを市民に知ってもらったほうがいいと思い、まとめのむつ市文化財調査報告第45集 「芦崎の自然2-芦崎の自然調査特集(平成27年まで)」をむつ市教育委員会がだした訳で、市民に知らせることはしているのです。
あとは、総監部の許可が得られた場合、高校生や市民が見学できるという機会が得られた訳で、ただ大人数での見学は適していない場所であることは確実です。コウモリがいるからといって一クラスでも覗いたら時期によっては次の年は戻って来ません、種によっては人をきらいます。バーダーも大人数ではやめたほうがいいでしょう。芦崎内には大人数ではいることは芦崎の自然をこわすことになるでしょう。その辺の兼ね合いは極めて難しいでしょう。もしも、水雷軍基地あるいは防衛庁基地内でなかったら、芦崎の自然はなくなっていたと考えた方が良いくらいでしょう。
それはさておきお金のこと。今回のシンポジウムで、謝金が出ました。私は5000円-税で4950円でした。
9人のうち三人だと思うけど5000円でしょう。これはむつ市の謝金講演規準に照らして支払われるようですが、私のほんとの謝金は3000円だったのです。今回は5000円なので何らか色をつけてくれたのだと思います。ですから元准教授、名誉教授、校長経験者、学芸員などは色付けて25000~35000円の間に入るのではないかと思います。25000円と見積もって15万円、5000円3人で1万5000円合計16万5千円の謝金となるのでしょう。我々が受け取る謝金だけで17万いかないのです。交通費は出ました。会場費だって使用料としてわずか払えばいいでしょう。ポスター印刷とか資料印刷などだってたいしたことはなかったでしょう。
こういうやりくりで、行ったシンポジウムに比べて、同じむつ市が、行ったシンポジュウムを比べてみましょうか。
むつわんのイルカシンポジウムと銘打ったもの、予算はコーディネーターに250万円あげて行ったもの。5人で250万円のシンポジウムですよ。桁がちがう。教育委員会とは。むつ市企画部は1人しか動いていないと思われるNPO法人に250万円でやらせるのですから。さらに、今年度は同じNPOに2800万円のカマイルカの生態調査費をつけているのです。むつ市はお金が有り余っているんだね考えられないと、他市のNPOが感想をもらしていました。

参考のためにホームベージを載せておきましょう。
教育委員会のもの(うん十万円のもの)
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PDFのところを開くと
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企画部のもの(250万円のもの)
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こうやってみれば、ちゃんと「芦崎の自然2」と報告書として出している教育委員会は立派じゃないですか。
芦崎調査の昼飯時には「おーいお茶」など用意してくれてます。たまにおつまみお菓子などがでることがありますが、これは随行の委員会職員が自腹で出してくれているのだと思っています。
最初の『市民に「芦崎の自然」を知らせることの努力が足りないのではないか』とはむつ市に言ってもらいたいことばですねと感じました。

# by snowmelt | 2017-08-16 21:18 | Comments(0)
2017年 08月 13日

酸性湖のマメシジミはハイイロマメシジミでした。

マメシジミは分類がもっと整理されるであろうといわれている。
これは波部先生(故人)がマメシジミPisidium japonicumと同定したものである。
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白っぽい方が砂などに埋まっている方だ。
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こういう風におおかた潜っているのが多い。
この水は、酸性水だと言えば、少し頭が混乱しますか? なんとも感じませんか?
むつ市宇曽利湖にて

追記2015年7月5日

今年の5月23日、蘭越町の日本貝類学会で、ポスターセッションの「北海道のマメシジミ類」のところで、河辺さんの口利きで家山先生にマメシジミを見ていただくことが出来ました。

酸性の湖のマメシジミを是非見ていただきたいと送った標本類の同定が終わったとのメールが届きました。

その結果マメシジミPisidium japonicumではなく、

ハイイロマメシジミPisidium casertanum(Poli,1791)と同定されました。
特異なものかとすこし期待していましたが残念でした。

でもはっきりとした種が走査電顕と鰓の形態で同定されうれしく思います。ありがとうございました。

追記2017.08.13
ちりぼたんChiribotan Vol.47,No.1-4(2007)
青森県下北半島のマメシジミ類 大八木昭・家山博史、としてやっとでました。ハイイロマメシジミです。
このハイイロマメシジミには思い出があります。『銅ゴケの不思議』の佐竹研一さんがニコニコと私の部屋の棚の小瓶のひとつに目をとめて、黒縁のメガネを、左利きだったから右手でだったかな、ちょっと上げて小瓶を眼前にもってきて、んーんこれ?ウソリ湖?とにっこりと目を細めほほえんだのでした。
わたしは、同意しました。ウソリ湖のものだとおもったでしょう。でも、それはウソリ湖の傍の水たまりからのもの。『こっちがほんとの宇曽利湖の中から取ったマメシジミ』、同意したというのは酸性の水はほんとの貝類は生きて行けないという常識にです。
なぜ、酸性の湖にマメシジミという貝類がいるのか面白いねーという気持ちに同意したのです。

その後、当時はマメシジミと同定してもらったものを佐竹さんはいくらか分析し炭酸カルシゥムでないんだね何かのタンパクのようだがというまでで終わってしまいました。

家山先生は『ハイイロマメシジミはアルカリから酸性まで環境耐性の幅が広い』と言っていたと思っていましたが、ここでは『ハイイロマメシジミは酸性湖からの報告があるOkland & Kuiper,1982 』
と記してくれました。

実は佐竹研一さんは昨年12月に亡くなられたのです。うちの嫁の実家の墓参りで、あぁ佐竹さんは新盆なのだなぁとしみじみ思ったのです。このハイイロマメシジミ報告の引用文献のところに、佐竹研一・大八木 昭・巌 靖子.1996.日本の自然酸性湖沼と酸性河川-強酸性湖 宇曾利湖(pH3.4-3.8)に分布する主な動植物と湖の歴史-.生物科学48(2):75-81.というのがあります。
昨年、電話であれはハイイロマメシジミというものでしたよとは伝えてはありますが、このお盆のときに『ちりぼたん』が届くのもなにかの糸がつながっているのかなどと思ったりしています。 

# by snowmelt | 2017-08-13 23:30 | 陸産淡水産貝類 | Comments(0)
2017年 08月 06日

むつ市企画展ポスターはどこにあるの

企画展・芦崎の自然というのをやっていますが教育委員会のポスターは見たことがない人のために貼りましょう。
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このために、私はウン万4千円 もだしてOffice Home & Business 2016を買って、パワーポイントも2016にして(ワードもエクセルも)、6月から頑張ってつくったのに。ただし、持ち時間はたったの6-7分なのにね。

参加者が、話す人(9人)より少ないなんて、では気が抜けますからね。でもあり得ますね、むつ市は。
ポスターなんか、見たことないしね。
ネットでやっと、PDFをダウンロードして、それから、開いてからでなければ見れないのだし。(WEBにポスターが貼っていないということ)8月の行事、催し、イベントなどで調べても何にもない、企画展で調べてやっと文字だけでてきただけなので、これじゃあ検索単語として企画展としいうことばが普通は出てこないだろうから、あんまり一生懸命、宣伝活動している風には見えないから。

でも貼っておこう。あまり意味ないだろうけど。

この前の白神研究所のときも、たった1-2週間まえになってからはじめて、ホームページにポスターが貼られていたりで、喋る人の気持ちをあまり斟酌しないのが、お役所仕事だろうしね。
高校の同窓会がどこであるのかわからんが、11日だよと、今日、大湊ねぶたで歩いていた、〇所長K君から聞いたけど。そうか、同窓会とかち合っているんだ。まあいいでしょう。

# by snowmelt | 2017-08-06 21:24 | Comments(0)
2017年 07月 25日

八甲田と岩木山

八甲田山
はっこうださんは日本語か
ヤコウダというのもあるんだ。

東北六県アイヌ語地名辞典 西鶴定嘉
『津軽年代記』コウダ高太の岳、南谿東遊記には『コウダ甲田といへる高山あり』
津軽統一志に『コウダン糠壇の岳』とあり、西鶴は コウダンはkom-ta-un コムは瘤山がそこにある
高山が九座もあるのになぜ『八』かは数字のハチ八ではなくヤチyachiの音に八をあてたのであるとある。
『通釈すれば「ヤチャ コム(瘤山)がそこにある」という意味である』とややわからん。
ヤチ=湿地(いま谷地温泉あり)と瘤山がそこにあるというくらいだろうか
数字にとらわれてはいけない。
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つぎは金田一京助とか、が言っている、岩木山はアイヌ語で カムイ・エワキ kamui-ewak-i  神・住む・所   あるいは山田秀三は、セタワキ はseta-ewak-i で犬・住む・所なのでkamui-ewak-iは   熊・住む・所 あるいは神・住む・所 と訳せる。

昨年岩木山の下の方の巌鬼山神社のそばであたらしい熊の爪痕をみたんですが、今の世でも岩木山の麓に熊がいるのにびっくりだが、だけきみ(岩木山麓の獄地区でとれるうまいトウモロコシ)は熊にやられるということは通常のことと聞いたので、ヒグマでなくともツキノワもkimun-kamuiと呼んだのかなとも考えると、『神』より『熊』のほうがあたっているのかどうか。

陸奥湾から見た 岩木山
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自衛隊の掃海訓練
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# by snowmelt | 2017-07-25 23:13 | アイヌ語地名 | Comments(0)
2017年 07月 24日

蛇嫌いな人は見ないよう、マムシが這うだけですが

砂漠のサイドワインダー的な這い方にみえませんか。


# by snowmelt | 2017-07-24 22:04 | 動物 | Comments(0)
2017年 07月 21日

Fake Newspaper in Education 実践校は危険性を認識しているか

新聞で偏向報道をしていることを否定できる、あるいは、フェイクニュースをやったことはない、誤報道をしたことのないという新聞社はいないだろう。
報道しない自由もある新聞社が教育に新聞を使ってくれ、タダでいいからというのは魂胆があってのことと考えるのが当たり前。むつ市と十和田市は予算を付けてまで、それに荷担している。ウソかウソでないかは比べてみなければ分からない。自分たちの目的に不都合な真実は、報道しない自由があるといいはなつ、新聞とテレビだけではだけではウソは見破れないことを先生方はよーく考えて欲しい。孫たちを偏向させないでほしい。
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若い人たちよ、前にも書いたが、『虎ノ門ニュース』と『ニュース女子』は本当に、NHKを含むマスゴミがどのように、本とインターネットとを利用していない日本人をだまそうとしているかよーくわかるように説明してくれる番組だと推薦します。若い人は友だちに『この番組をYouTubeで見たらいいよ、判断は自分でね』と勧めて欲しいと願います。じいちゃん、ばあちゃんにはYouTubeも見れないだろうから、もう仕方ないかもしれないけれどね。こんど選挙があるときには、新聞とテレビだけ見ている、年寄り、じいちゃんばあちゃんには選挙に行かないほうが日本のためになるよと言ってあげても正解でしょう。

# by snowmelt | 2017-07-21 10:54 | Comments(0)
2017年 07月 18日

東奥日報は人民日報青森版か

中国の海警局の船(これには機関砲が装備されてあり見方によれば巡視船か軍艦だろう)それが今度は2隻も
青森県艫作崎(へなしざき)から入り、出て今度は龍飛崎(たっぴざき)から津軽海峡の領海内に侵入した。東奥日報
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snsニュースではもっと青森県の名前が出て来る。龍飛崎から入ってから東通村そば5キロを航行して出た。
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陸奥湾には大湊海上自衛隊基地があるが津軽海峡の一部平舘海峡と呼ばれる陸奥湾の入口を中国船がたとえば、自衛艦などの航行を阻害する機雷等を敷設するにはどういう手立てをすれば良いか情報収集したりしていても、日本国憲法があるためになんの手立てもできない。よしんば機雷を投げ入れられても、ただ除去することだけができるぐらいだろう。昨年は赤サンゴを取り放題にされても、なんの防御もできないでいる。
東通村沖から、どうミサイルを打てば東通原発を破壊できるかなどの情報を収集していると考えるのが当たり前だろう。原発そのものを撃つのではなくても、取水口付近を詰まらせるば原発は電源が確保されても冷やすことはできなくて、ベントができなければ、メルトダウンなどがおきるのだろう。
建設が止まっているが、大間原発の位置は今度領海5キロメートル以内のところを情報収集しているだろうから、大間原発早くつくれ、狙う箇所はよく見えると確認していったのだろう。

ただただ、日本側は、『早く出なさい』と無線だけ打っているだけなんだろうな。
今まで、よく外務省が抗議したというような記事は、ただ中国にファクスを送っただけらしいのでなんの効果もないのは当たり前。

それしかできないのが日本国憲法なのに、なぜ改憲を考えないのか。改憲を阻止したいのは中国の手先以外の何者でもないのでは。
今回『海保初確認』などと初めてだ初めてだとのウソつき新聞は中国の手先だろう

22日補記
ちょうどこの頃日米印の海軍合同演習がインド洋で大々的に行われていた。対中国ということを明確に示している。このときにオーストラリア海軍は中国に配慮して合同演習に参加も、インドから見るだけでも見たらという誘いも断わったとある。オーストラリアに日本の潜水艦が買われなくて正解という事さ。
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中国船がわざわざ領海侵入して見せたのは、これらの合同演習へのちょっとした反応なのだろうとの解説がある。日米印がインド洋でやるなら、尖閣や北海道を盗るよとのアピールなのか。今年も大船団で北海道沖のサカナを根こそぎ盗るよとのアピールなのか。
ちょうど陸奥湾内で日本のの掃海艇が集まっての掃海訓練が行われているいるが、それに会わせた情報収集とも思える。
-----ここまで補記

数日まえの記事も合わせて載せよう。

中国海軍の今回の領海侵入についての記事が東奥日報に出ている。
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これに関して東奥日報北京共同の記事が「通過する権利がある」中国が日本に反論として出ている
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しかし中国軍艦が日本の領海内を無害通航することはできない。
よくみてみろ無害通航の項を
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わからないだろうか。
中国は南シナ海人口島での軍事基地拡張に対する国際裁判所判決を紙切れ同然といい、や尖閣諸島で国際法は守らないという事を自ら言っているのだから無害通航にはあたらない、、下線部からは除外されるのだ。

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情報収集艦が、何回も無線の応答もせずにただ通らせてくれとすむ問題だろうか。
領空内に入った大韓航空機をロシアはちゃんと撃墜するのが当たり前だったろう。
松前沖が初めて、艫作沖が初めて、竜飛沖が初めて、東通り沖が初めてだと。

日本国憲法を何とかしなければならんのではないか。

北海道の水源を中国が買い占めているというニュースがなかなか新聞に出ていることはない。産経新聞なら出ているのかもしれない。函館駅にいけば、なんと中国系の多いこと。観光地はバス何台もつらねて中国語らしいのがびっしりだ。北海道にチャイナタウンをつくる計画は進行していると聞く。
青森県人は中国がらみ金塊の密輸に荷担したりしている。空路も乗り入れ歓迎の青森県はねらいやすいのではないだろうか。
東奥日報は中国の手がどれほど入っているのだろうか。国際トップニュースというところをみてもそう感じざるをえない。
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# by snowmelt | 2017-07-18 20:10 | Comments(0)
2017年 07月 15日

東奥日報印象操作の記事を

印象操作の記事とはどういうのか、分からない児童生徒たちにサンプルを揚げていこう。
次の記事は、みんなが新聞を教育現場にというNIEという名で、みんなが使う東奥日報の一コマです。
2017.07.12のちいさな記事です。
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これを見て何を感じますか。何を言おうとしているかわかりますか。

だまされたのは誰ですか。

だましたのは誰ですか。

誰が誰をだましたのですか。

『だまされた私が悪かったけど、悔しい』と言っていますが

悪いのは誰でしょうか。

普通の考えでこの記事をよむ限り、だましたのは当時の安倍晋三・自民党総裁 (現在は首相だけど)だと読めるでしょうね。

も一度ききますが、悪いのは誰でしょうか。

そうです。わからないのです。

安倍晋三が悪いのではないですかというひとはちょっと考えて下さい。

当時民主党が政権を取っていてその時日本の首相だった野田佳彦元首相本人が言っているのですよ、『だまされた私が悪かったけど』と『悔しい』と。悪いのは野田佳彦なのですよ。自ら言っているように。

さも、安倍首相がだました。安倍首相は悪い人というように見せるのが、印象操作の記事というのです。

さて、今は名前を民進党と党名さえ自分たちで決められなくなって、野党とも言えなくなりつつある野田佳彦民進党幹事長のこんどは、国民をだましたことを書いておきましょう。

その当時、自民党はダメだな、政権交代、政権交代というのにまあ流れに乗って私も、民主党に投票したひとりなのですが

その時の政治の公約というようなマニュフェストというのがあったのです。
少しは良くなるのではと
たとえば高速道路無料化にしますとか
ガソリン税廃止しますとか
天下りはさせないとか
消えた年金記録の調査とか、
消費税は上げないといっていたのですが

鳩山由起夫首相が出てきて交代、菅直人首相交代だったか、最後が野田佳彦首相だったのです。

その野田首相が最後にマニュフェストで上げないといっていた『消費税を上げて』解散したのです。

野田佳彦は安倍首相にだまされたといっていますが

民主党は誰をだましましたか。

野田佳彦は誰をだましたのですか。

はっきりしています。それは国民の中で民主党を信じてみようかとした人々をことごとくだましたのです。

これを野田佳彦民進党幹事長風に言えば

野田佳彦と民主党を信じた国民をことごとくだましました。

だまされた国民が悪いのだから、どうぞ悔しがったら という論理なのです。

中国人の考え方『人はウソをつくものだ。だまされる方が悪いのだ』野田佳彦も東奥日報もこの考えだよと言っているのです。だまされる方が悪いのさと。

『中国人は値切ってくるのが当たり前。』 だから北海道ではオオマのマグロ一切れ1000円と表示しています。

一覧票がありました。
https://mobile.twitter.com/siarre/status/251343929834885120/photo/1
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東奥日報のこの記事だけ見て判断してはいけないということですよ。こういう印象操作でだまされないようにして下さい。

野田佳彦民進党幹事長は非常に恐ろしいことを考えています。
それは女性宮家の創設ということです。

中国共産党は日本をとろうとしています。モンゴル、チベット、ウイグルに中国人を大量に送り込み、虐殺粛清して自分たちの中国だとしています。
日本の尖閣沖縄も中国のものだといっております。
北海道では中国の手先が土地を買いあさっています。
外国人に土地を売り買い禁止の法律を、政府が何らかの目的でつくらないため、黙っていれば北海道にチャイナタウンができないわけはないのでしょう。

中国共産党が日本を手に入れるために目標としているのがまず、日本の天皇制の解体なのです。
天皇がいなくなれば、日本はなくなり、中国のものになるというのです。

天皇制の解体をねらう一つが女性宮家の創設なのです。
2000年続いてきたY遺伝子があったからこそ日本の天皇制が続いてきたのに、それを断ち切る手段が女性宮家の創設なのです。青〇県選出のアホな院議長が、Y遺伝子が分からないため、女性宮家創設を論議するなどと言ったため、野田佳彦民主党幹事長、中国共産党はほくそ笑んでいるのでしょう。

今後、天皇だって男女平等とかいうのはアホなことであり、女性宮家創設といったときに、それは日本の天皇制を解体し日本を中国に売り渡す計画であることをしっかりと見ていてほしい。

Y遺伝子は男児にしか伝わらない遺伝子ですよ。明治天皇の男児の男児の男児の男児ならばY遺伝子は全部おなじなのです。婿をとったらダメなのです。婿にすげ替えようというのが、女性宮家創設のねらいなのです。
現在はっきりと野田佳彦民主党幹事長がそれを企んでいるので、その目でニュースをみて日本がウイグルやモンゴルやチベットみたいに植民地にならないように、投票して下さい。植民地になれば少なくとも日本人の2割の人は粛清殺されます。孫や孫の子をそんな目にあわせられない。

# by snowmelt | 2017-07-15 15:23 | Comments(0)
2017年 07月 12日

東奥日報 フェイクニュースについて東奥春秋の印象操作

東奥春秋では『フェイクニュース(偽のニュース)という言葉に、ゆゆしい思いを抱いている。』とし、
『インターネットの言論空間を中心に、検証できない、不確実生を欠いた情報が流布していることだ。』
しかし、最後は『氾濫する情報の中で、何が本当かを判断するのは受け手次第。』とうまく逃げている。
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ところがCNNに潜伏隠し撮りでフェイクニュースの正体があからさまになっている。東奥日報は東奥春秋をデカしたとしているのだろうか。
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You Tube 『虎ノ門ニュース7/12』でケントギルバートさんがCNNのフェイクニュースがどのように暴かれ、CNNが一部あやまるなどのことがおもしろく解説しています。
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私が東奥日報についてたびたび問題視しているのは次の事による。

東奥日報社は 『自分が生きる上で必要な情報を集めることができ、みんなが知っている情報を取り逃がさないでいられる。』そのために新聞を読むのだというアホ論理を何も判断力のない児童生徒にに勧めている、このことが極めてゆゆしき問題であると考えるからだ。

情報の真偽の分からぬものがどうして生きる上に必要か、みんなが知っている真偽の分からぬ情報を取り逃がさないでいられるのが何が新聞を読むことの利点なのか。

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東奥日報社編集委員斉藤光政著『偽書「東日流外三郡誌」事件』という本が出ている。
青森県市浦村史資料編にまででている和田いえ文書東日流外三郡誌ツガルソトサングンシという実は偽書がどれほど広まり、それは偽書であったにも関わらずまだその影響が続いているが、事件の真相に迫るという極めて面白い本である。

朝日新聞は慰安婦の強制連行があったという偽書をもとに、長年にわたり日本と世界を欺し続けてきた。一度それは誤配信だったと訂正をした。謝罪はしていない。

新聞記者の中には真を追求しようとしている人も多かったのだろうが、今の新聞記者はそんな気持ちがあるのだろうかと疑いたくなる。
新聞社もテレビもメディアぐるみで思ったように印象操作し誘導しようとしている。
そんな中で真を追求する記者は生きて行けるわけはない。
間違ったことを裏もとらないで記事にするなと言ってももはやできるわけはないのであろう。


東奥日報の読者欄明鏡欄に読者?から、中央紙と東奥日報とテレビが自分の情報源だとかいていた読者?みたいなのが中年以上年寄り全体がそんな調子だろうから、国民を誘導しやすいのだろう。

その手を教育という名のもとで判断力のない児童生徒から誘導しようとしているのではないか。それが、NIE だろう。

ウソ情報、印象操作情報を流す新聞社がいるかぎり、欺されてはいけない、青森県のこどもたちよ。
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購読料は全額補助するとまで言っているのに、むつ市は一般会計から468万円、十和田市は185万円出すなんて、両市はなにか別目的で予算を使っているのではないかと思いたくなる。

新聞、テレビは見てもいいけれど、インターネツト、本、ラジオなど多くの情報を比べてみてからこっちは本当のことではないかと判断できることをしないと、日本のこれからの将来は大変なことになるのだと考えよう。

新聞、テレビはこのごろは一番よくない偏った情報だという判断ができるであろう。

日本共産党が出している新聞は「赤旗」だと思っていたが、「しんぶん赤旗」というんだな。

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むつ市長宮下宗一郎、の考えはどうも分からない。

こちらの「公共性の観点からも望ましくない」などと言うのでなく、『庁舎管理規定で「営業活動は禁止』と定めているのでその通り、禁止だとすればいいのではないか。

NIEをむつ市内の教育に予算をつけたということは、むつ市長はなにを考えているのだろう。わからない。

# by snowmelt | 2017-07-12 14:07 | Comments(0)
2017年 07月 10日

人民日報青森版 東奥日報

とうとう中国共産党人民日報の青森県版になってきたか。
「国際」のページがやけにあらわだ
国際のトップニュースが「人民日報」の習さまの動きだ。
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旧式空母が香港に軍事圧力をかけることを「愛国心高揚狙う」と日本の新聞が記事として書くとは信じられない。青森県民はアホと見ているのか。
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国際ニュースに中国の新幹線がなんで重要なのか。青森県民をアホにするためかな。
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劉氏をノーベル平和賞受賞時には監獄に収監し、癌にさせて終末期になって手が施しようがなくなるまで待ってから、公表し、日本かどこかで無理ではあるが治療をうけさせて殺すということを、
この記事は独のメルケルと習主席は理解のあるひとだというイメージ操作しているのを
この記事だけを見る青森県人にすりこもうとしている。
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東奥日報は反日新聞と成り下がったのではないか。新聞とテレビしか見ていない人にはわからないのだろうな。

# by snowmelt | 2017-07-10 16:10 | Comments(0)
2017年 05月 22日

キタドジョウ 見参

メダカはミナミメダカとキタノメダカになり、

これまたドジョウはドジョウとキタドジョウとになった。(「日本のドジョウ」 中島淳・内山りゅう 山と渓谷社)

そのキタドジョウの写真を載せます。青森県下北半島のものです。

まずはオス
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オスのヒレ
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メス2匹
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オスとメス
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# by snowmelt | 2017-05-22 22:09 | 淡水魚類 | Comments(0)
2017年 05月 22日

むつ市3000万円はイルカ調査じゃなかったか。噓はどこに。

                                            下北自然学巣 大八木 昭
そんなあほなむつ市カマイルカ調査にNPOシェルフォレスト五十嵐健志さんに、28年250万円、29年2800万円の予算をつけた。と書いた。

むつ市広報は「イルカと人との共生によるふれあいビーチinむつわん-日本海及び陸奥湾に来遊する野生のカマイルカの生態調査を行うとともに、カマイルカを保護し、イルカの棲む自然を守りながら、教育、研究及び観光資源として活用を図るもの」の予算として五十嵐さんに2800万円の予算をつけたわけである。

主眼はなんだ。日本海及び陸奥湾に来遊する野生のカマイルカの生態調査を行うでしょ。

発展事項としてそれ以降の項目でしょう。むつ市としては観光資源としての活用が主眼でしょうが

4.5月には津軽海峡、夏以降は北海道噴火湾や北海道の根室方面に現れるカマイルカの群れを、

いつでもイルカウォチングとか

むつ市の観光資源にできるとする口車にのったのではないかいな。

きいてびっくり、NPOシェルフォレストの前浜に、カマイルカを大きな網で囲い込むこと を、カマイルカの保護と教育、観光資源という言葉に込めていたのだ。これを何がイルカと人との共生によるふれあいビーチといえようか。

ある報道によれば
『ビーチでイルカと遊ぼうよ 保護とツアー両立
予定地は、むつ市川内町川内の「かわうち・まりん・びーち」。海水浴場に面しており、市は新年度予算でイルカを囲う網代など約2800万円を計上した。
 イルカは、イワシを追って陸奥湾に入ってくるカマイルカを想定している。例年、湾内の定置網に掛かって重傷を負ったり死んだりするケースがあるため、漁業者や青森県営浅虫水族館(青森市)と連携して保護に当たる。
 新年度は保護したイルカを水族館に運んで治療して環境に慣らし、18年度に「まりん・びーち」内に放すことを目指す。』

 これならば、むつ市広報は噓をついているに等しいのではないか。

2800万円が網代などだと。何に使うか、これも信じられない。

例年とはいえ、いつかはわからぬ、定置網に掛かっ重症を負ったカマイルカをマリンビーチで網で囲い、これを観光資源にするということを

むつ市広報をみたかぎりでわかるひとはなかなかいないのでは。

観光資源のために網に囲まれたカマイルカを、保護とか共生とか教育旅行、研究という、さも理解あるようなことばで欺すことは詐欺行為に等しいのではないか。

つぎのポスターの中から『網で囲って観光資源』ということは読み取れますか。

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むつ市はそれに予算を付けたのだから、これも詐欺行為に等しいのではないか。

もう5月も終わる。陸奥湾のカマイルカは何頭見ることができたのでしょうか。どんな生態調査ができたのでしょうか。

調査結果は公表されねばならない。

# by snowmelt | 2017-05-22 17:45 | Comments(0)
2017年 05月 10日

そんなあほなむつ市イルカ調査に28年250万円29年2800万円

                                              下北自然学巣 大八木 昭
2016年の11月にむつ市はNPO法人シェルフォレスト五十嵐健志さんにカマイルカの調査費として250万円の補正予算をつけていた。12月から3月までの、カマイルカの全く見られない時期に生態調査費用として250万円ですよ。
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そして2017年度むつ市予算に、同じ、五十嵐健志さんに、カマイルカの調査費として今度は2800万円の予算計上をむつ市議会は通過させているのです。
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4月から5月、あるいは6月にドルフィンウォッチングで、人を呼び込んでも、3050万円の価値のあるカマイルカの調査を誰であってもできないだろうが。

誰が考えてもむつ市は異常とおもわないか。普通のむつ市民なら、信じられないむつ市議会の予算審議だと思わないか。
遠くから、むつ市を応援したい「ふるさと納税」などしたいと思っている下北出身者たちよ。
むつ市の予算はこんな、ひどい使われ方をしているのだから、よーく考えてからにしてほしい。

すでに調査したろう津軽海峡陸奥湾のカマイルカの生態は次のようである。
これらの中で3000万円もかけて調査したものはあるだろうか。あるわけない。
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これら以上の結果を出せると、3000万円の価値のある結果を出せると、むつ市議会は判断したのか。
なにを審議してるのか。

根室標津からのピーアール根室海峡におけるカマイルカの群れ構成や行動範囲については、わからないことだらけ です。しかし、特に真夏に比較的安定した出現が期待できますので、生態を研究するに は適当なフィールドのひとつだと思います。

熊本・天草からのピーアール、バンドウイルカは熊本・天草
定住するイルカに会える場所ですので、一年中いつでも会える場所です。

室蘭からはカマイルカの大群だと
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すごいね。地球岬沖のは。沖というから、やはり生息場所は書いてあるとおり、沿岸より深いところに回遊するのでしょうかね。

# by snowmelt | 2017-05-10 23:43 | Comments(0)
2017年 04月 28日

十三湖風力発電が着工・ずるさがないか。環境省を欺し無視したか。

経産省はどういう理由付けで許可したのだろう                    下北自然学巣 大八木 昭

以前、津軽十三湖風力発電の事を書いた。
改訂・十三湖風力発電事業とは・・。青森県人に良識はあるか。再追記あり 」というやつである。

しかし、しかし、やられてしまった。

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環境省のホームページ
(仮称)津軽十三湖風力発電事業に係る環境影響評価準備書に対する環境大臣意見の提出について(お知らせ)の
(1)事業計画の見直しについて
・対象事業実施区域及びその周辺はガン・カモ・ハクチョウ類等の主要の渡りのルート及び飛来地として、また、オジロワシ等の希少猛禽類等の生息環境として重要な地域であること、本準備書によるマガン等の渡り鳥に対する衝突確率の予測結果から、特にマガン等の渡り鳥に対する環境影響は著しいものとなる蓋然性が高く、本準備書に記載された環境保全措置では、環境影響の回避・低減は不十分であり、マガン等の渡り鳥などの採餌場・移動経路等に位置する対象事業実施区域の位置の変更を基本として、事業計画の見直しを行う必要がある。
ヒアリング意見 立教大学上田恵介 教授
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環境省は渡り鳥に影響を及ぼす影響があるので事業の見直しを求めた様だがうまくすり抜けたのではないか。

「つがる市を建設地から外すなど計画を修正」とあるが、渡り鳥に一番影響を与える地域の五所川原十三地区と中泊町田茂木地区をそのままに、その他のつがる市を外して、配慮しましたとすり抜けたのだろう

つがる市の地図をところと渡り鳥の飛ぶ経路をよく見よう。赤い○が100㍍を越える風力発電風車の位置である。

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「つがる市を外すことで修正した」とは詐欺的な言い方だろう。

これは詐欺的とわからないのか、当時の丸川環境大臣が変わったのをねらったか。素人の役人だってわかるのでは。

当初の津軽十三湖風力の予定地にプラスしてその西部に建設地を増やして(つがる市の分か)もいる。

騙したのは誰だろう。
騙されたのがわかっているのか環境省は。なんだろう経産省は。経産省も騙されたか。経産省も環境省を騙したか、環境省を無視したか。あるいは環境省も仲間なのか。

以前の記事を再掲しよう。
次の図の四角の中にはオオセッカ、コジュリンなどがはいる
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1975年学習研究社から『「この鳥を守ろう」それが人の命をまもる』というのが出版された。
(発行 霞会館 編集 山階鳥類研究所)

『総論 その中には『なぜ鳥を大切にしなければならないのでしょう』は山階芳麿 自らが書かれている。

各論でオオセッカについては『保護上の問題点 特殊鳥類には指定されていますが、その生息地と共に天然記念物に指定されることが望まれます。とくに繁殖地である低湿草原は機械力が増大した現在は、開拓されるおそれが多分にあります。』とあり、

コジュリンについては『日本列島特産亜種ですから、その生息地を保存して減らないようにしなければなりません。やはり1~2ヶ所は天然記念物にして環境を変えないようにしてやる必要があります。』と書かれている。

山階鳥類研究所の創設者 山階芳麿 元皇族の言われたことを経済産業大臣 世耕 弘成(せこう ひろしげ)は全く無視し、岩木川下流域でなくとも風力発電はできるのではないかなどと全くいわずに、着工を許可したのだろう。

日本鳥学会の会長だった立教大学上田恵介 教授の提言である「ガン・カモ・ハクチョウ類等の主要の渡りのルート及び飛来地として、また、オジロワシ等の希少猛禽類等の生息環境として重要な地域であること、本準備書によるマガン等の渡り鳥に対する衝突確率の予測結果から、特にマガン等の渡り鳥に対する環境影響は著しいものとなる蓋然性が高く、本準備書に記載された環境保全措置では、環境影響の回避・低減は不十分であり、マガン等の渡り鳥などの採餌場・移動経路等に位置する対象事業実施区域の位置の変更を基本として、事業計画の見直しを行う必要がある。」という事を全く無視して、なぜ岩木川下流のその地でなければならないのか、その理由付けもなしに経済産業大臣 世耕弘成は着工を許可したのだろう。
世耕弘成大臣の責任はないのか。

風力発電を絶対反対などと言っているのではない。その地域ははずして別の風の条件のいいところにつくれないはずはないではないかと言っているのだ。
よりによって岩木川下流という地域を選ぶべきでないということなのだが。

綸言汗のごとしなのだろうが、着工許可した経済産業大臣世耕弘成はこのままでよいのだろうか。

本来、津軽十三湖風力発電は国と青森県の体勢が整っていない段階での発電計画であって環境アセスの必要のない計画だったという。発電会社が好意で環境アセス調査をし、型どおりすめば、問題ないと計画を進める手はずであったのだろう。
青森県は何の権限もない状態だけだった。
頼みの綱は環境省だったのだが、経産省にはかなわないのだろう。
環境省も信頼できるものになってくれと願いたいがどうも無理だろうな。どうにかならないのだろうか。

日本の渡り鳥の東北ルートの集中域と、日本に二ヶ所しか集まらない二種の特殊鳥類の繁殖地のど真ん中に
風力発電を立てて良いと許可したのは経産大臣世耕弘成(せこうひろしげ)であると
記憶しておこう。
これを問題にしないマスコミもまあ、かなし。フェイクニュースがはやるこのごろですし。

東奥日報の記者は「つがる市を外すことで修正」など、全く問題解決していないことは報告書地図をひと目みればわかることを、配慮したのだなと読者を誘導しているなど、ひどい記事をぬけぬけと書いている。

記者名をぬいている(文章の最後に記者名をいれていない)ことも責任の所在をあきらかにしないずるい記者精神の持ち主だと感じる。

# by snowmelt | 2017-04-28 20:47 | Comments(0)
2017年 04月 26日

アホカッむつ市イルカ調査予算びっくりだー2800万円の生態調査結果とはどんなんだろ

陸奥湾に4月から5月に回遊してくるカマイルカの生態を、NPO法人シェルフォレスト川内の五十嵐理事長さんが調査するためにむつ市が予算をつけたようです。しかし、考えられない2800万円です。

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カマイルカのことは東奥日報のずっと中国、朝鮮半島情勢が厳しいこのおりに、社説に、社説にですよばっちりとのせているのですから。社会的にどういう重要性があるのやら。
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それにしてもうまくやったね。陸奥湾では4月から5月にしか見れないカマイルカの調査に2800万円の金をポンとだすむつ市はたいしたものだ。
決算は慎重に正確にした方がいいと思います。

むつ市の平均所得は269万2171円ですから、たった2ヶ月しか回遊してこないカマイルカの生態調査に1人なら10年分の金つぎこむとは、むつ市議会は何を期待したのか、2800万円値の何ができるのか、全くわかりませんね。

大間町の奥戸(おこっぺ)というところにダムが出来る計画がありました。オコッペにはたまにニホンザルが移動してきていました。サルの生態を調べなければ影響があるかどうかわからないということで、サル研究の費用が充てられました。破格の2000万円以上だったのでしょう。もらった人は、トヨタハイラックスを購入、檻をつくらせ、発信装置、受信アンテナ、トランシーバなど、2000万以上を使い切るには、大変だったのではないでしょうか。それでも追加調査、追加調査と他の分野は1年で終わったのに続くこと。ただし報告書が何年経っても出てこない。こんないきさつがありましたが、ダム建設は最初水害のためとか後で貯水のためという理由でしたが、大間奥戸人口減のため中止となったようです。

陸奥湾のカマイルカの生態調査はどうでしょうかね。
むつ市の平均年間所得の10倍以上の2800万円つぎ込むのですからしっかりと結果を出し、公表してほしいですね。
会計監査は外部がしっかりとやってほしいですね。

むつ市の税金の使い方には疑問が残っています。下北ジオパーク構想ガイドブックを10000冊印刷し配布したのが平成27年(2016年)4月だったと思います。

ところがいつの間にか回収作業ということでした。

回収したという知らせは執筆者達には知らされてはいません。

また、回収しているということはむつ市広報にものっていません。

会社で、できた製品が不備だったので回収となった場合、それは問題でしょう。設計が不備だったので回収となった場合、設計者の責任でしょう。

ジオパークガイドブックが一部デタラメであることは理解しましたが、回収はその理由ではないようです。
回収できたのは10000冊の半分以下らしい。

一方、CiNiiに出ているということは図書館には残ってしまっているのではないのかな。

まず、予算執行したものが回収して焼却した場合、ガイドブック作成にかかった費用は全くの無駄となってしまわないか。

また、もう平成29年度になってしまったのに、全く反省原因究明と公表のないままむつ市は黙って下北ジオパークを続けようとするのかな。

予算をつけて使い切ったように見せればそれでいいのだろうか。


陸奥湾カマイルカの生態調査の予算執行がそうならないことを祈ります。

# by snowmelt | 2017-04-26 16:07 | 動物 | Comments(0)