北のフィールドノート

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2016年 08月 22日

ウソは許されるか 下北ジオパーク構想ガイドブック

追記13 追記2の再変追加
 下北自然学巣 大八木 昭  下北ジオパーク構想ガイドブック・21ページ これはかなりのウソっぱち、歪曲した論理の文です。
『目の前の遙か遠い北海道-深い海峡が生んだブラキストン線-』という半ページ分の記事。
文途中から
『ヒグマとツキノワグマ、ユキウサギとニホンノウサギのように、同じ仲間でも下北と北海道とでは別の種が生息している。』
『この理由は、津軽海峡の深さにある。約2000万年前に日本列島ができて以来、北海道と下北とは一度も陸続きになったことがない。』
『最大深度400m以上の海峡が下北と北海道を隔て、陸上生物の分布域拡大を阻んだのだ。』
『この分布境界線は、提唱した動物学者の名を冠し、ブラキストン線と呼ばれている。』
『北海道が南限のイトウやオショロコマのように海を渡れない淡水魚はもとより、下北が北限のアオゲラやヤマドリのように空を飛べる鳥類ですら、どちらかにしか分布しない種は多い。』
『過去一度も陸続きにならなかったので、ブラキストン線はマンモス(北海道)とナウマンゾウ(本州)のように1万年以上昔の生物にも当てはまる。』
『下北は、南から北へと分布域を広げてきた多くの生物にとって、それ以上北進できなかった終着点なのだ。』としめくくってしまった。

正しいブラキストン線解釈は2016.8.4の記事「ウソは嫌だね 追加 下北ジオパーク ガイドブック」を見て下さい。
では、下北ジオパーク構想ガイドブックのこの文のなにが歪曲かといえば
『北海道と下北は一度も陸続きになったことがない。』といいつつ『この分布境界線をブラキストン線と呼ぶ』といっている点にあるという事なのです。

いいですか、ブラキストン線とは北海道と本州を隔てる津軽海峡を境界線とみたわけで、北海道と下北を隔てている津軽海峡の一部分だけをいうのではないのに、この執筆者はこじつけているのです。

 ところが12ページ『下北の生きもの』を見て仰天します。
『下北と北海道とは津軽海峡を隔てて一度も陸続きになったことがないため、陸上動物が行き来できなかったのである。津軽半島は約2万年前、わずかな期間・範囲だけ北海道と陸続きだったが、』と同一執筆者が書いているのです。

 ところがまたまた仰天、むつ市内の「かさまい館」というむつ市のピーアール館に下北ジオパークのパネルがあったのです。衆人に見せるためのパネル展示でした。
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おやと見ると、
『約2000万年前、大陸の一部が離れて日本列島ができて以降、・・・・①津軽海峡は深く、北海道と本州はつながらなかった』と書いてあるのです。

ええー、下北ジオパーク構想ガイドブックでは北海道と下北でなかったのーとコロコロ変わるものと考えたら、
『最終氷期の最も寒かった時期(◯◯◯)には現在よりも海面が120m以上低かったが・・・』と条件をつけてあったのです。
パネルの文中の括弧内の◯◯◯になんとあるか書きましょう。
『(約2万年前)』と書いてあるのです。

上のガイドブック文の『津軽半島は約2万年前、わずかな期間・範囲だけ北海道と陸続きだったが、』には約2万年前津軽半島と北海道とは陸続きといっておきながら、
かさまい館パネルには『最終氷期の最も寒かった時期(約2万年前)には北海道と本州はつながらなかった』と書いてあるのです。

青森県には西に津軽半島、東に下北半島が突き出ているのですが、両半島を隔てている陸奥湾は深くても50mなので、もしも津軽半島が陸化するということは、陸奥湾は陸化し両半島はつながり半島の区別はなくなるのに、下北は一度も北海道と陸続きになったことはないと言っているのです。

そして最終氷期約2万年前には北海道と本州はつながらなかった、とパネルには書き
約2万年前には北海道と津軽半島はつながったとガイドには書いてあるのです

現在、最終氷期とよばれるヴルム氷期は地学的に陸橋ができたという証拠は見つかっていないとよく云われます。証拠が見つかっていないのと陸橋があったかはわからないところですが、

湊正雄著の『氷河時代の世界』では
『ヴルム期の極相において海水面の低下は140mにおよんだことを強調しておきたい。この値は、いまでは国際的にも広く認められているらしく思われる。』ヴルム氷期以前の『リス・ミンデル氷期の海面降下は、あるいは200mに達していたことが考えられる。』とあり、

宮城一男編著 『日本列島と青森県』では
『わが津軽海峡に例をとるならば、ヴルム氷期には、海水面が、なんと百三十㍍も低下したと考えられています。かくして、ヴルム氷期のころの津軽海峡は、そのほぼ真ん中に幅狭い海や、海跡湖を残すのみで、大部分が陸化し、人間や動物は、ゆうゆうと北海道と本州を往来することができたのです。[文献何々参照]』

ヴルム、リス、ミンデル氷期のいずれか、あるいはどれをもの氷期に、陸橋、陸化があって北海道と本州はつながっていた時期があったということはほとんど認められていることであろう。それは生物の分布にも表れている(宮城一男編著 日本列島と青森県ー18-23北の国のお客様、北方系植物など)。

下北ジオパークガイドブックで『過去一度も陸続きにならなかったので、』ということは2000万年以降一度もという事でしょう。これは湊正雄や宮城一男ら地学の専門家・研究者の知見や論文を下北ジオパーク構想推進協議会は無視していると云うことでしょう。

最初の文に戻ろう。
またひどいウソをついてしまいました。
『イトウやオショロコマのように海を渡れない淡水魚はもとより・・・』のところですが正しいものを見て下さい。次です。

イトウは小川原湖では漁獲対象魚で1892年には1トンの漁獲量があり、1990年まで漁獲対象魚として見られた。岩手県北部までみられたが、1992年7月18日青森県の大畑川で48㎝9年魚の採捕が最後となっているのです--青森県内水面事業報告書などから。イトウはちゃんと居たのです。
オショロコマを例に出すのはどうかねー。よくはないでしょうね。

『過去一度も陸続きにならなかったので、ブラキストン線はマンモス(北海道)とナウマンゾウ(本州)のように1万年以上昔の生物にも当てはまる。』
これについては
ナウマンゾウは北海道忠類にはごろごろ化石が出ているし、札幌にも出ているようだが、どう説明してくれるのか。
忠類や札幌のナウマン象は特別に北まわりでマンモスと来たというのでしょうかね。

北海道と本州がつながったことがあるということを、一度もつながったことがないということを観光客はどうでもいいと片付けるだろう。
だが、学術上・生物地理学上の観点にたてば極めて重要な問題なのです。
すこし例をだしますと次の写真はニホンザリガニの分布拡大変遷の様子です。
こういうのが生物地理学上の問題というのです。
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ジオパークという中の目玉となるはずのジオロジイの部分で、地学の過去の知見を無視したことをガイドブックに書き、誤解を植え付けるパネルで宣伝することにむつ市総務政策部総合戦略課ジオパーク推進室内・むつ市下北ジオパーク構想推進協議会の責任は絶対ないといえるのかと考えます。

それは恐山菩提寺の境内に自然湧出する温泉を、ありもしない『恐山温泉』という名称にしたてあげ、『ぜひ、境内にある温泉に入ろう。』入浴には別途、入山料が必要と宣伝していることよりも重要な真理に関する問題なのです。

by snowmelt | 2016-08-22 23:11 | Comments(0)


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